それはとある寒い冬のこと。私は先生に頼まれていた資料を両手いっぱいに抱えて階段を下りていた。目的の教室まで此処を超えればすぐにつく。もう少し、もう少し。一歩一歩確実に階段を下りていったはず、だったんだけれど。まさか最後の段を踏み外してしまうとは思わなかったわけで。


「わっ、わっ、わわわ!」


やばい、落ちる!両手がふさがっているから受身も取れないし、これはこのまま倒れるしかない。痛いんだろうなあと一瞬の間に考えて続く衝撃を少しでも抑えようと身体を強張らせる。…けれど、然程大きな衝撃は与えられなかった。確かに倒れたし、痛みも感じる。けれど硬いものにぶつかった感じがない。恐る恐る目を開けると、私は誰かを下敷きにしていた。


「いたた…」
「うわっ、ご、ごめっ…ごめん!大丈夫!?」
「あ、うん、大丈夫。君こそ大丈夫?」


受け止めようと思ったんだけど、荷物があったから無理だったんだ。そう言いながら苦笑する目の前の人物を、私は名前だけ聞いていた。吹雪士郎くん、確かサッカー部のキャプテンだったか。慌てて彼から退いて何度も謝ると吹雪くんもそっと立ち上がる。


「私は大丈夫、あの、本当にごめ…っ」
「…もしかして怪我しちゃった?ごめんね、上手く受け止められなくて…」
「い、いやいや、そんな!助けてもらえただけ十分だよ」
「保健室ついていくよ。荷物も持つから」


貸して、と手を伸ばす吹雪くんを見て本当に紳士的だなあと思わずうっとりしてしまう。けれどそんな場合じゃない。ゆっくりと首を左右に振ると持っていた荷物を抱えなおして彼に背を向けようとした。


「ううん、すぐそこだし。保健室ってほどの怪我でもないから。それじゃ…、」
「駄目だよ、ちゃんと手当てしておかないと」


途端、横から吹雪くんの腕が伸びてきて私の両手いっぱいに抱えられていた資料が消えた。きょとんとしている私を尻目にその資料を階段の隅に置くと、吹雪くんはにっこり微笑む。次いで私の身体がふわりと宙に浮いて、その次の瞬間には私の上には吹雪くんがいた。…これは俗に言う、お姫様抱っこというものでは。


「え、ええっ!?ふ、吹雪、くん?」
「あ、僕の名前知ってるんだ。嬉しいな」


いやいや、そこじゃないだろ!そう突っ込もうにも恥ずかしくて何も言えなくなってしまった。何も言わずに私を抱えたまま保健室への廊下を歩いていく途中、幸運なことに誰一人として廊下で擦れ違うことはなかった。いつのまにか目的地に辿り着き、保健室の扉を開く。


「…あれ、先生いないみたいだね」
「そう…だね。っていうか吹雪くん、あの、も、もう下ろしてくれていいから…」
「あ、ごめんごめん。あのままだと無理矢理でも行っちゃいそうだったから」


爽やかな笑みを浮かべる吹雪くんに対し苦笑を浮かべるしかない私。ようやく吹雪くんの腕から解放されて近くにあった黒い椅子に腰掛ける。はあ、と溜息を吐いていると彼はすぐに棚から湿布と包帯を取り出してきた。


「一応これくらいならできるから」
「えっ、い、いいよ、そんなの。大体巻き込んだの私だし」
「気にしないで。怪我してる女の子を放ってなんておけないよ」


ね、と優しく言われてしまえば、やっぱり返す言葉なんてなくて。私はそこから大人しくなり小さな声でありがとうと告げた。吹雪くんに触れられている間気が気じゃなくてその作業をじっと見るわけにもいかず、とりあえずと顔を背けた。静かな保健室に響くのは包帯が擦れる音と暖房の音、それから、時計の針が進む音。なんだか落ち着く空間だなあと思っていたところ、吹雪くんの声で現実に呼び戻された。


「はい、もう大丈夫だよ」
「あっ…ありがとう、吹雪くん。迷惑掛けちゃってごめんね」
「ううん、どういたしまして」


余った包帯を片付けている吹雪くんの背中に声を掛けると椅子から立ち上がった。丁寧に巻かれた包帯を見て彼が器用なんだということを知る。男の子にしては珍しいなあと思った。


「あ、あの…何かお礼をしたいんだけど、私今何も持ってなくて…」
「え、お礼?」


こくこくとニ、三度頷いてみせた。だってここまでしてくれたのにただ言葉だけだなんて申し訳なさすぎる。吹雪くんはきょとんとした表情を浮かべた後、軽い笑い声を上げた。


「いいよそんなの。大したことじゃないんだから」
「で、でも、私の気が済まないし…」


尚も言い続けると吹雪くんはうーんと小さく唸って、それから小さな声で「じゃあ」と言いながら此方へ歩み寄ってきた。何か私にできることがあるんだろうか、そう思ってほっとしているとあの柔らかい笑みが私の目の前にあって、続いて頬に、柔らかい何かが触れる。


「え、」
「これで。あと、今度あった時に名前聞かせてもらえると嬉しいな」


それじゃあね、と言って軽く手を振ると保健室を出て行ってしまった吹雪くん。一人保健室に残された私は、頬を真っ赤にしたまま、暫くその場に蹲っていた。
吹雪士郎くん。私は彼に、恋をしました。


保健室ラバー!

(結局あの資料は吹雪くんが目的の教室まで届けてくれたらしい)(吹雪くんは私の王子様だ!)




100118/保健室ラバー!

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