※名前変換無し



「ねえ、一之瀬」


不意に名前を呼ばれ、声がした方へ顔を向ける。するとそこには薄らと頬を染めている彼女がいて。どうしたんだろうと首を傾げるとその柔らかい手が俺の頬を包んで、影を落とす。唇に何か触れたなと感じてすぐにその温もりは離れていった。


「珍しいなあ、君からキスしてくれるなんて」
「私だってしたい時くらいあるんですー」
「へえ、したい時ね…」


ならばお望み通りに、と俺は離れていった彼女の唇を追うように顔を近づける。けれどそれは彼女の指先が俺の唇に触れたことで勢いをなくした。


「したいんじゃないの?」
「一之瀬がしたら止まらないでしょ」
「そんなこと…あるかも」
「やっぱり」


だってそれは彼女が悪い。だって一度キスするくらいじゃ物足りないくらいその唇は柔らかくて、甘くて、離れられなくなってしまう。俺にとっては麻薬に近いようなもの。もっとも、麻薬のように毒性があるというわけではなく、依存してしまうという意味だけど。勿論今回も例外ではなく、俺が一度で我慢できるなんてことはなかった。


「もう一回」
「だーめ」
「一回だけでいいから!」
「駄目ったら駄目」
「頼むよー」
「一之瀬は私の唇だけが好きなんですか」
「そ、そんなわけないだろ!」


まさかそんなことを言われるとは思ってもおらず俺は慌てて否定した。それに驚いたのか、彼女は大きな目をぱちぱちと瞬かせている。小さく息を吐き出して、その白い頬に手を添えた。


「俺は君だから好きなんだ。キスしたくなるのも、もっと触れたくなるのも、君だから」
「い、ち…のせ…?」
「大好きだよ」


言葉を通してでしか気持ちを伝えられないのはなんて不自由なんだろうか。せめてそれ以外で彼女に俺の気持ちを全て伝えることができたなら。そう思いながら俺は彼女の背に腕を伸ばしてぎゅうっと抱きしめた。暫くそのままでいるとゆっくり俺の背に彼女の腕が回されて小さく力を篭められる。耳元に触れる息が、擽ったく感じた。


「私も一之瀬が大好きだよ」
「ん、サンキュ」


そう言ってもらえるだけで心が満たされる。頬を緩ませながら俺は彼女の肩口に顔を埋めた。すると少し掠れた声が響く。


「お願いがあるんだ」
「なに?」
「一哉くん、キスしてください」


少し腕の力を緩めて見えた彼女の頬は林檎のように真っ赤だったけれど、その表情はとても幸せそうに微笑んでいた。釣られて俺も笑顔になって、それから、彼女の唇に。


愛の証を今此処で

(言葉にするには恥ずかしいから、キスで伝えるよ)(愛してるって)




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