※名前変換無し




私は今数学の授業を受けている。隣はみんなの憧れ、一之瀬一哉くん。帰国子女というだけでもすごいのに、彼はとてもかっこいい。外見だけの話じゃなく、内面的にも紳士なのである。女の子には優しいし男の子たちとも仲良いし、けれども限度は守っているわけだから馬鹿みたいに騒いでいるということはない。女の子たちが目をハートにする中、私も例外じゃなく彼のことが好きになっていた。
けれど私はただ隣の席というだけで、特別一之瀬くんにアプローチしたわけではない。他の女の子みたく積極的に話しかけたことなんてなかったし、上手く話せた試しなんて一度もなかった。そんな私が一之瀬くんに告白なんて夢のまた夢。例え告白したとしても、きっと一瞬で振られるに決まってる。そう思うと溜息が出た。

ちらりと隣へ視線を移すと、珍しいことに一之瀬くんが机に突っ伏して寝ているではないか!普段は真剣な表情でじっと黒板を見ている彼だからこそ、とても珍しいことだった。ちょうど此方に顔を向けて小さく寝息を立てていたものだから、じいっとその寝顔を観察してみることにする。


(睫毛、長いなあ…)


普段はぱっちりと開かれた大きな目は閉じられていて、長い睫毛が一層際立って見える。慌てて視線だけで周りを確認して誰も私たちを見ていないことにほっとした。一之瀬くんの寝顔は、私しか見ていない。規則的に上下する肩を見て思わず笑みを零す。今はかっこいい一之瀬くんじゃなくて、可愛い一之瀬くんだった。


「…」


教室内に先生が黒板にチョークを叩きつける音が響く。かっかっという音をBGMにしながら私はぼんやりと彼の寝顔を見つめたまま持っていたシャーペンをぎゅっと握りなおした。今なら誰にも気付かれずに、一之瀬くん本人にも気付かれずに、私の気持ちを伝えられるんじゃないか。


(一之瀬、一哉くん…)


頭の中で名前を呼んでシャーペンを彼のノートの端へ動かす。彼が起きる気配は全く無かった。小さく息を呑みながら、私は思うがままをそのノートの端に四文字の言葉にして記す。


“好きです”


書いてからまた彼の顔を見て、頬が赤くなるのを感じた。彼が寝ているからって私は何をしているんだろう。恥ずかしいな…。他の女の子たちに知れたらずるいとか言われるに決まってる。今ならこのことは誰も知らない。さあ、早く消してしまおう。シャーペンを自分の机に置いて慌てて自分の丸くなった消しゴムを手に取る。すると不意に一之瀬くんの枕となっていたはずの腕が動いて、そっと私の手首に触れた。突然のことに頭が追いつかない私を、さっきまで閉じていたはずの大きな瞳がじっと見つめている。


「消しちゃうの?」


私にしか聞こえないほどの声量で呟いた一之瀬くんは、すぐににっこりと笑みを浮かべた。さっき以上に頬に熱が集まっていくのを感じて、口を金魚のようにぱくぱくさせる。手首に触れた手に力が篭められて、私の片手は逃げ場を失った。


「嬉しかったんだけどなあ」


いつから起きてたのとか、どうして寝た振りしてたのとかそんなことを言う前に、私はその言葉の意味を頭の中で整理した途端少しずつ頬が緩んでいくのを感じた。


「このままでも、いいですか」
「俺は歓迎するけど」


数学の授業が大好きになった、そんなとある一日のこと。



ノートの端に書き記す

(その言葉がずっと彼のノートに残っていればいいと思った)



100112

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -