「なんでこうなるの…」


ざあざあと地面に水滴が打ちつけられる音。聞けば聞くほどげんなりする。私は別に雨が嫌いなわけじゃないけれど、状況にもよるだろう。だって今、私は出掛けてるわけで。外は快晴、天気予報でも雨が降るなんて聞いてなかったから傘なんて持ち歩いてない。喫茶店に寄って、さあ買い物に行こうとしたら、これだ。


「天気予報の嘘吐き」


はあ、と大きく溜息。でも仕方がない、店先で待っていても止む気配のない雨だ、空を見上げて顔を顰める。
すると不意に近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「みょうじ?」
「えっ…あー、鬼道くん」


鬼道くん、それは先日私と同じクラスに転校してきた男の子で、随分と変わった格好をしている人のこと。青いマントにゴーグルをつけ、茶色い髪を一つに結っている。変わってる、実はと言うと最初に突っ込もうかどうか迷ったくらいだ。あんたはヒーローか何かに憧れてるんですか、と。
見れば鬼道くんはびしょ濡れで、軽く息を切らしている。急に降ってきた雨に驚いて彼も帰るところだったのだろうかと勝手に考えた。鬼道くんは私と同じように喫茶店の店先に近づく。彼の頬から雨が滴っていた。


「大丈夫?びしょ濡れじゃん」
「急に降ってきたからな、どうしようもなかった」
「傘は?」
「ない。そういうお前もか?」
「そうなんですよねー」


ないんですよーと両手をあげてみる。そうか、と一言短く返されて鬼道くんは腕でぐいっと額を拭った。それでも結構濡れていたのか、一滴、また一滴と雨が伝う。私は持っていた鞄をごそごそ漁りながら鬼道くんの肩を片手で軽く引いた。


「…みょうじ?」
「ちょっとじっとしてて」


いつも持ち歩いているタオルを手に取ると、私は近くなった鬼道くんの額に軽く当てた。「え」と小さく声を漏らす彼を無視しながら私は鬼道くんの額、頬、首とタオルを押し当てていく。水滴を含んだタオルが湿るのを感じた。


「すまない、濡らしてしまって…」
「そうじゃないでしょ、他に言うことがあるんじゃない?」
「…あり、がとう」
「どういたしまして」


ぎこちなく、でもちゃんと伝えられた言葉に満足して私は笑いかける。ゴーグル越しで此方からは表情は窺えないけれど、鬼道くんはじっとこっちを見ていた。


「なに?」
「いや…変わったやつだと思って、な」
「それ鬼道くんに言われたら終わりだなー」
「別に外見的なことを言ってるわけじゃないぞ」
「…自分が外見的におかしいって遠回しに認めてるようなもんですよ、鬼道くん」
「それは捉え方によるだろう」


少し私が居た堪れなくなったので(なんとなく)、もう一度空を見上げた。灰色の空はずっと泣いたまま。雨脚は強まる一方で、私はまた溜息を吐いた。


「帰るには濡れるしかないか…」
「傘を買うにも、一度此処を出ないといけないからな」
「どっちにしろ濡れるなら、買わずに帰る」


くそー、天気予報め!そう呟いてふと隣を見ると、其処には驚きの光景が。鬼道くんがゴーグルを外し、腕でごしごしと其処を擦っていた。ずっとゴーグルをつけていたから鬼道くんの目なんて見たことなかったし、ましてやこんな近くで見れるとも思っていなかった。なんだよこいつ、ゴーグル外したらそれなりにかっこいいじゃないか(てっきり変な目だからゴーグルしてるのかと思ってた)。
じっと穴が空くほど見つめていると、流石にその視線に気付いたのか鬼道くんの赤い綺麗な目が私に向けられる。


「どうかしたのか?」
「いや、鬼道くんがゴーグル外すとこ、初めて見たから」
「…別に珍しいものでもないぞ」
「いやいや、普通にかっこいいですよ、お兄さん」


あ、と思った時には既に遅し。口を突いた言葉が返ってくるはずもなく、目の前には驚いた表情の鬼道くん。私というと恥ずかしくなってきて慌てて俯いた。ああ、もう!顔が熱くなる!


「う、うわ、ごめん。綺麗な目してるから、つい…」
「…」


やばい、気持ち悪いとか思われてたらどうしよう。いや、別に私と鬼道くんはただのクラスメートだから嫌われても支障はないんだけど、え、でもそれってなんかやだ。どうしようかとあたふたする私の頭の上から、くすくすと小さな笑い声が聞こえた。


「変なやつだな、お前」
「わ、笑わなくても…」


握ったままの湿ったタオルに少し力を込めて目を泳がせる。その笑う顔もかっこいいだなんて思えてきてしまって、ああ、これは雨の魔法なんだと自分に言い聞かせた。水も滴るなんたらって言うじゃないか、あの効果だ、あの効果。ぶんぶんと頭を左右に振っていると、鬼道くんはマントを軽く絞った。含まれた水がぼたぼたと流れ落ちていく。


「みょうじ、お前家は近いのか?」
「うーん…ちょっと歩くけど、そんなに遠くないよ」
「そうか」


もう必要ないかとタオルを鞄にしまう。すると鬼道くんより遠い方の肩をぐいっと引かれる。気付けば私は鬼道くんの片腕の中で、少し湿ったマントに包まれていた。


「え、ええっ?鬼道くん?」
「こうすれば少しは濡れないだろう。タオルの礼だ、送っていく」
「で、でも鬼道くんまた濡れちゃうし、」
「いいんだ、気にするな」


それにもう濡れている。それだけ言って鬼道くんは私を押してまた雨の中に戻っていく。頭からマントを被せられている私は殆ど雨に濡れず、鬼道くんの温もりが身体を通して伝わる。鬼道くんの腕に少し力が篭められると、彼の心臓の音が聞こえてきた。とくん、とくん。
この状況で顔の熱が引くはずもなく、私は高鳴る心臓を抑えようと必死になった。ちら、と上を見上げると、そこにはまだゴーグルをつけていない鬼道くんの赤くて綺麗な目。それがまた此方へと向けられた。


「…もしかして嫌か?こうするの」
「い、嫌なわけないよ!っていうか、あの、鬼道くんが、風邪引いちゃうっていうか…」


きょとんとした表情を浮かべた後、鬼道くんは「ああ」と納得したように言った。そ、そうだ、私が濡れなくても鬼道くんが濡れてそれで風邪とか引いたら元も子もないじゃないか!そう思っていたんだけれど、


「心配ない、後で乾かす。それに俺がこうしたいんだ」


そう言って薄らと笑みを浮かべた鬼道くんの頬から雨が伝って、ぽたり、と私の鞄を濡らす。
鬼道くんへの印象が変わった、



とある雨の日。

(そのマントに、恋をしました)



091221/恋するレイニーデイ

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