※ヒロインが狂愛気味






「好きよ、ヒロト」


そう一言零せば、暗く静かな部屋には大きく響く。それに応えるようなタイミングで、じゃら、と金属が触れ合う音が鳴った。


「なら、これを外してくれないかい?」
「それは駄目、私の愛の形だもん」


にこ、と笑う少女が一人。それに肩を竦める少年が一人。ただ違和感が残るのは、少年の手首はベッドの端に鎖で繋がれていること。それさえなければ(あともう少し部屋が明るければ)普通の少女と少年と言えたであろうに。
ヒロトと呼ばれた少年は、小さく息を吐いた。


「…なんで溜息?私、こんなにヒロトのこと愛してるのに」
「流石にいきすぎじゃないかと思って」
「そんな、こと」


だんっ、と近くにあった小さなテーブルが叩かれた。急に響いた音に驚いて、少年は肩を震わせる。見上げれば少女の顔は悲痛に歪んでいた。


「そんなこと、ない!」
「っなまえ…」
「世界で一番ヒロトを愛してるのは私なの!その愛に上限なんてないわ、誰よりも愛してるんだから!他のやつになんて、他のやつになんて」


ヒロトを見る資格もない!
そう捲くし立てるように声を張り上げる少女が急に静かになった。力なくベッドの脇にへたり込んで、鎖で繋がれた少年の手首に触れる。


「…私にはヒロトしかいないの」
「俺にも、なまえしかいないよ」
「嘘、言わないで」
「え?」
「このままだとヒロトは、円堂くんに取られてしまう」


彼が誰かを気に入るなんてこと、滅多にない。だから恋愛感情じゃないにせよ、このままだと貴方は私のもとから離れていってしまう。貴方の世界が私とサッカーだけじゃなくなる。そこに円堂守が入り込んでしまう。そんなの、そんなの、そんなの。
――絶えられない。


「だからこうして、基山ヒロトを私だけのものにするの」
「なまえ、俺は円堂くんのところには行かないよ」
「ごめん、ごめんね、ヒロト」


震える唇からは謝罪の言葉、細められた瞳からは大粒の涙。少女は少年の手首にそっと口付けた。


「ごめんなさい、愛してるの」


少年は現実味を帯びない現状をぼんやりと見て、じゃらりと金属音を鳴らせて、腕を動かす。触れられる位置にあった少女の頬を、そっと撫でた。少し驚いたような表情を浮かべた少女に、そっと微笑む。ああ、こんな状況でも、自然な笑みは浮かんでくるのだなあと考えながら。


「謝らないで」
「…ヒロト」
「俺も、なまえを愛してるんだ」


この世界、愛してくれるなら


(俺は彼女を愛していて彼女も俺を愛している、これが彼女の愛の証なら俺はそれを受け入れよう。ああ愛しい君、狂おしい気持ちを胸に抱いて俺は彼女の唇に噛み付くようなキスを。)





091207/この世界愛してくれるなら

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