※ヒロトがちょっとヘタれてる




なんだか憂鬱な一日だった、自分らしくないのは分かっているけれどそう思ってしまう。サッカーを楽しむという感覚を教えてくれた少年と出会ってから、自分のサッカーが正しいのか否か、はっきりと言い切ることが出来なくなっていた。それは日に日に自分に重く圧し掛かり、今では立派な悩みとなっている。それが今日だった。基山ヒロトは大きく溜息を吐く。ただそんな彼の足取りは軽い。今から逢う彼女のことを思えば、どんよりと曇った気持ちも少しは晴れるというものだ。そう考えながら無機質な扉に手をかけ、部屋へと足を踏み入れた。


「なまえ、ただいま」


振り返ったみょうじなまえはぱあっと表情を輝かせ、次いで笑みを浮かべる。「おかえりなさい、ヒロト」そう言って彼女は椅子から立ち上がりヒロトに近寄った。彼女の笑みはヒロトにとって何よりも愛しく、大切なものだった。近寄ってきたなまえの背に腕を回し、彼は少し力を込めて彼女を抱きしめた。


「どうかしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
「…ふうん」


聞こえた返事があまり納得していないようなもので、ヒロトは首を傾げながらそっとなまえと距離を取る。すると少し訝しげな表情を浮かべたなまえがヒロトをじっと見つめていた。


「やっぱりヒロトは嘘つきだね」
「…そんなことないと思うけど」
「顔が疲れてるよ、何かあったんでしょ」
「…」


やっぱりなまえには適わない、ヒロトはそう思い心の中で苦笑した。けれど彼の性格上なまえを心配させてしまうようなことは避けたかった。だからヒロトはゆっくりと首を横に振って口元で孤を描く。


「大丈夫、本当になんでもないから」
「…そう」
「なまえ、」


ヒロトは小さく囁くように彼女の名前を呼び、薄らと色づいた頬に手を滑らせ、唇を寄せた。きっと彼女の優しさに触れればすぐにこの複雑な気持ちも晴れるだろうと思いつつ。しかしあと数センチで触れ合うというところで、彼の唇に冷たい人差し指が押し当てられた。


「…ん?」
「なんか、それって嫌」
「え、なにが」


諦めて顔を引くとなまえの顔は不機嫌そうに歪んでいた。どうかしたのかとヒロトは目を瞬かせるけれど、なまえはそんな彼を見ようともせずむっとした表情のまま口を開く。


「ただ私がヒロトの憂さ晴らしとして傍にいるみたいで、嫌」
「…どうしたの、急に」
「急じゃないよ、ずっと思ってたの。ヒロトは何も私のこと分かってない」
「俺は…君に心配を掛けたくなくて、」
「私がそう頼んだことあった?」


いつもより強い意志を灯した瞳がぐっとヒロトを見上げる。そんな彼女の表情は珍しく、ヒロトは薄らと口を開いたまま固まってしまった。尚も不機嫌ななまえは彼の好きな笑顔を見せようともせず顔を背けてしまう。


「ヒロトはいつもそう!私には何も話してくれないんだから。ちゃんと私の気持ちを分かろうとしてくれなきゃ嫌なの!」
「えっと…」
「分かってくれるまで許さない。じゃあね」


なまえはヒロトの胸に先程まで唇に触れていた人差し指を突きたて、呆然と立ち尽くしている彼の隣を通り抜け、部屋を出て行った。背後でぱたんと扉が閉まる音を聞き、ヒロトはようやくなまえの逆鱗に触れてしまったのだということを知る。


「…まいったな」


彼女の気持ちを分かるまで許さない、ということはつまりこのままだとなまえは怒ったままだということだ。滅多に怒らない彼女が怒るとああなってしまうのかと呑気に考えながら、少しずつ身体が冷えていくのを感じる。これは真剣に考えないと、取り返しのつかないことになりそうだ。


「どうしよう」


ぽつりと零したヒロトの呟きに返事をくれるものは何もなかった。どうやら彼女の機嫌を直すまで、この憂鬱な気持ちは抱えたままでいなければならないらしい。今日は本当に憂鬱な一日だと胸の中で呟き、ヒロトは二度目の溜息を吐いた。



100331/Bitter

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