※すごく暗い
※糖分ほぼ皆無









病院の世話になったことはあった。一番記憶に新しいのは影山や不動の言葉に惑わされ、鬼道さんたちのいる雷門イレブンと試合した後に入院したこと。それ以前にも何度か世話になっている。けれどそれはすべて自分が世話になるということで、俺の身近な誰かが、というわけではなかったのだ。俺や源田の場合はそう深刻な怪我ではなく、ただ安静にすれば治ると言われていたものだったから、そう苦労することもなかった。だからまさかこんな、ありきたりの日常が、あっという間に崩れていくだなんて思ってもみなかったわけであって。

見覚えのある白い建物。俺はその中に入り、手のひらにある携帯の画面を確認し、強く握り締め、また駆け出した。頭の中に思い浮かぶのはいつも俺に向けられていた彼女の笑顔だけだった。笑顔が花のようで、あいつが笑うと自然と俺も頬が緩んで、笑ってしまう。周りにいる人間を一人残らず幸せにしてしまうようなやつなんだ、あいつは。だからこれからも周りの人間を幸せにしなければいけないんだ、これからも、ずっと、ずっと。

陽が沈んで静かな院内を駆け抜け、俺は目的の病室の前でぴたりと足を止めた。本当はただの間違いでしたということではなかったのが、よく分かった。病室の入り口に掛けてあった名札に、見覚えのある名前があったから。震えそうになる体をぐっと堪え、俺はその扉を横に引く。がらり。


「あ…」


自分でも思うほど情けない声が出た。どうやらここは一人部屋のようで、他の患者はいない。ただ暗い病室に白いベッドが不自然に浮かび上がっていて、その上で静かに寝ている彼女もまた白く、浮かび上がっていた。ふらりふらりと覚束無い足取りでベッドの傍まで歩き、佇む。間違いなかった、人違いなんかじゃなかった、こいつは俺の大切な、誰より大切な、


「おい、起きろよ」


返事は、なかった。乾いた声が漏れる。瞼が閉じられたままの彼女はまるで眠っているだけのようだった。静かな病室に響く機械音と、それから、視線を辿らせた後の彼女の様子がそれを違うと否定する。体中から伸びた何本もの管は、全て大きな機械に繋がっていた。


「寝てるだけなんだろ?」


返事は、なかった。分かってる、お前は俺が怪我した時いつでも傍に居てくれたんだ。目を覚まして一番に「おはよう」って言って俺に笑いかけてくれて、だから俺もそうしようと思ってここまで走ってきたんだ。だから起きろよ、おはようって言ってやりたいんだから。なあ、早く、


「おい…」


返事は、なかった。ただその代わりのように機械音が規則的に鳴っていた。
交通事故だったらしい、ただいつものように学校に行こうとして、曲がり角を曲がった途端大型車と接触。ありふれた日常で、ただ彼女の隣で笑うことが幸せだった。もう影山の手には落ちないし、これからはサッカーを純粋に楽しもうって決めた。彼女もそれを喜んでくれて、応援するって言ってくれたんだ。そう言ったばかりだと言うのに、


「なまえ…」


返事は、なかった。久々に呼んだような気がする彼女の名前はとても美しく、室内に響いて、消えた。それと同時に鼻の奥がツンとして喉が震えて、現実を受け入れたくないと俺の中で喚きたて、何かが弾けた。


「起きろよ!俺、やっと怪我治ったんだぜ?これからまたサッカーを楽しむって決めたのに、なあ、なまえ、」


それでも返事は、ないのだ。答えてくれるのは彼女の命を繋ぐ大きな機械の音だけなのだ。彼女が俺に微笑みかけてくれるはずもなく、ただ閉じられた瞼の奥に隠された瞳は今何を見ているのだろうかと考える。俺を、見てくれないその瞳は。


「なまえ、なまえ…なまえ…っ」


がくんとベッドの脇に膝をつき、力なくベッドに投げ出された冷たい手のひらを握った。俺の少し長い髪が彼女の手を擽ってもなまえは何も言わなかった。いつもなら擽ったいよと言って照れたような笑みを浮かべる彼女は、俺の前にはいなかった。


「起きてくれよ…!」


神様がいるのならどうか。そんなくだらない祈りさえ白いベッドに吸い込まれ、俺は静かに一人、涙を流した。




100326/recall me

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