※一之瀬が若干乙女思考




「おとぎ話は好き?」


ぼんやりと教室の窓から外を眺めていた時のこと、隣の席の男が場に似合わない言葉を発して、私は訝しげにそちらを振り返った。一之瀬一哉は読めない男であり、私には到底理解できない(しようとも思わないような)人物である。私は顔を顰めたまま言い放った。


「嫌いよ」
「どうして?」
「現実にありえないから」
「わお、リアリストなの?」
「どちらかと言えばそうかもね」
「中学生らしくないなあ、それって」


それだけはお前に言われたくない、そう思いながらじろりと睨んでやると一之瀬はあははと爽やかに笑って「冗談だよ」と言った。


「でも内容くらいは知ってるよね」
「それなりに」
「シンデレラ?白雪姫?眠れる森の美女?それともハッピーエンドは好きじゃないのかな」
「…さっきから何が言いたいの」


急におとぎ話云々と嬉々として話しだすこの男と私は、そう親しい関係ではない。ただのクラスメイトであり偶然席が隣になっただけで、今までそう話したりはしなかった。彼は明るく人当たりの良い笑みを浮かべるのもあってかクラスだけでなく学校中の女子の人気者なわけだし、私なんかに話しかけずとも彼に相応しい話し相手なんて手に余るほどいるだろうに。すると一之瀬は一層笑みを深くして頬杖を突き、私の顔を横から覗き込むように首を傾げた。


「俺バッドエンドってそんなに好きじゃないんだ。ほら、人魚姫とかさ。俺が王子様なら絶対人魚姫の方を選ぶね」
「…普通自分で自分のこと王子とか言う?」
「例えばの話!あ、でもそうじゃなくて…そうだなあ…」
「グリム童話だとそんな可愛らしいお話じゃないってこと、知ってる?」
「あー、今はそれは考えない方向で。だってそれじゃあどの話も生々しくなっちゃうだろ?」


一之瀬の眉が情けなさそうに下がって、それでも浮かんでいる笑みは崩れていない。まったく、認めたくはないけれど笑顔の似合う男だとは思った。


「つまり、俺が一体何を言いたいのかというと、」
「うん」
「俺はみょうじの王子様になりたいんだ!」
「は?」


そこでまたとびっきりの笑顔。彼の周りはお花畑じゃないだろうかというほど朗らかなその雰囲気と打って変わって、私の周りはどす黒いオーラが漂っている。なんだこいつ、俗に言う電波系ってやつか。実際目の当たりにしたのは初めてなんだけど。それから一之瀬は目を輝かせて話しだす。


「ずっと前からみょうじのこと見ててさ、どうやって近づけるかなあって思ってたら偶然隣の席になれて。これは話しかけるチャンスだな、と」
「…一之瀬に似合うお姫様ならいくらでもいるでしょうに」
「駄目だよ、俺の持ってるガラスの靴にぴったりあうのはみょうじだけなんだから!」


然も当然のように言ってのけた一之瀬を前に私は言葉を失うしかなかった。暫くきらきらとした眼差しを私に向けている一之瀬を呆れたように見つめて、大きく溜息を吐く。さて、まず何処からつっこめばいいのか。ああ、そうだ、まずここは根源からいこう。そう思いながら私は彼ににっこりと笑みを返した。


「黙れアメリカン」



100319/カボチャパンツとガラスの靴

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