※微裏





「緑川くんの髪、女の子みたいだね」


綺麗な淡い緑色を見つめながら私はそう呟いた。すると私を映していなかったはずの瞳が素早く此方を向いてむっとした表情で私を睨みつける。然も不満そうに。


「俺、男なんだけど」
「分かってるよ、ただ髪綺麗だねって言いたかっただけ」
「そうだとしても、もっと別の言い方があるんじゃない?」


眉間に皺を寄せて私との距離を詰める緑川くん。ああ、どうやら完全に彼を不機嫌にさせてしまったようだ。確かに男の子に向かって女の子みたいと言うのは些か、失礼だったかもしれない。


「なまえは俺のこと女の子だと思ってるんだ」
「ち、違うよ!」
「つまり男として見ていない、と」
「え?」


独り言のように呟かれたその一言の意味をよく理解できなくて私は軽く首を傾げる。途端両肩を強く押され声を上げる暇もなく、私は背後のベッドに仰向けのままダイブした。目を白黒させながら慌てて状況を把握しようにも放りだしたままの両腕を緑川くんの手でしっかり押さえつけられてしまい起き上がることすらままならない。一体なんだ、私は今、どうなっているわけ?


「なまえが巻いた種なんだからね」
「え、えっ、なに…?」


私の視界にあるのはクリーム色の天井と緑川くんのにやついた表情。その顔は影が掛かっていて、なんだか私の知らない緑川くんのようだった。そうして呆けているうちに緑川くんはさっさと私の両腕を頭上で纏めてしまい片手で押さえつけられてしまう。その手の大きさは私のものなんかとは全然違い大きくて、骨ばっていて、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような錯覚に陥った。
と、不意に緑川くんが視界から消える。突然のことに対処できないで混乱していた私をすぐに襲ったのは、首筋に湿った感触。


「っあ、」


初めてのことに変な声が漏れ、そのことに対する羞恥で顔が熱くなる。緑川くんは一体何をするつもりなんだ、そう思い口を開くけれど言葉を発しようとすればタイミングを計ったかのように緑川くんの舌が私の首筋を擽って、少しずつ上に移動して、その擽ったさでまた言おうとした言葉が変な言葉になって口から零れる。何時の間にか耳元まで到達し、緑川くんの息が掛かって思わず身震いした。


「やっ、あ、緑川、く…」


なんとか彼の名前を呼んだまではよかったものの、それに対する返答はなかった。不安になってもう一度呼ぼうとすればやけに近くで聞こえる水音。耳を舐められているんだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。擽ったい、けれどそれだけじゃない感覚。私はただ恥ずかしいと感じるだけで。


「み、どり、かわ…くんっ…」


もう一度。けれどやっぱり返事はない。少しずつ襲ってくる恐怖と一体何をしているのか分からない恐怖感が私を支配し、自然と視界が霞んできた。すると腰の辺りにひんやりとした何かが触れるのを感じ、突然のことに息を呑む。視線を落とせばそれは緑川くんの空いている方の手で、やんわりと動いていたそれは私の服の中に潜り込み、腰のラインをなぞる。少しずつ上へと向かうその手の向かう先が分かって、私は慌てて口を開いた。


「やっ…!な、なに…して…っ」
「なにをしているかって?」


そこで今まで頑なに口を閉ざしていた緑川くんがようやく口を開いた。私のすぐ横にあった顔をあげられようやく窺うことができたその表情は普段の彼と違い何とも言えない妖しげな雰囲気が漂っていて、どくんと私の胸が高鳴る音を聞いた。


「なまえは分からないの?」
「わ、分からないよ…」
「そうなんだ」


それだけ言ってにっこり笑う緑川くん。それから彼は私の服の中から手を引いて自身の高い位置で結ばれた髪の結び目に触れる。するりとそれを解くと同時に流れる長い綺麗な髪に思わず見惚れてしまい、私は言葉を発することを忘れてしまった。


「なまえ、君はこんな言葉を知っているかな」


普段より少し低いその声はまるで彼が私たちと敵対していた時のよう。けれどあの時ほど刺々しい言い方じゃなく、囁くように言われた言葉に私の身体は熱くなる一方で。
そう考えている間に私の視界は緑川くんでいっぱいになっていて、鼻先が触れ合いそうなほどの距離で彼がまた口を開く。かちっという音が室内に響いて、壁に掛けられた時計が私たちに日付を越えたことを教えた。


「百聞は一見に如かず、ってね」


それから私は彼と共に、甘く華美な大人の世界へと足を踏み入れることとなる。



100311/シンデレラにお別れを

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