違和感というか雰囲気が違うというか。纏ってる空気感が違う。具体的に何が違うんだと訊かれると上手く答えられないんだが、あいつの真面目で誠実な雰囲気がさらに拍車がかかったような気がする。話してるときだっていつもより意気込んでくるし、しかもそれは俺限定で他の人間にはそんな空気感を全く思わせない。なんで?俺はなんだか腑に落ちなかったからあいつに訊いてみるが「なんでもございませんですます」と、意味不明な敬語と共に早足で何処か行ってしまった。普段俺に敬語なんて使わないくせにますますおかしい。ていうかございませんですますってなんだよ。

俺らの関係は恋仲と友人の微妙な堺に位置しているわけだが俺はどちらかというとその、あれだ、真面目で誠実なあいつを、好いていたり、する。もしかしたらあいつも俺と同じことを…。なんて思っていたりしてたけどそれは自惚れで本当は俺とのこんな焦れったい関係が嫌になったんだろうか。




「いやいやそれは難しいな息子」

「父さん…俺どうしたらいい?」

「んー、名前は別に息子を避けてるわけじゃないんだよな。ならちょっと放っておけばいいんじゃねえか?」

「そうなんだよ避けられてるわけじゃない、でも放って置くには気になるんだよなー」



夏侯覇は頭を抱えながら敬愛する父である夏侯淵に相談を持ちかけ部屋を訪ねた。息子想いの夏侯淵は勿論その話に応じた。

初めは名前の接し方をあまり気にならなかったが毎度同じ態度を取られるとさすがにへこむ。しかも恋心を抱いている相手となると余計に。けど、おかしいのは父さんの言う通り名前は別に距離を置いてはいないことだ。記憶を巡らしてみても、挨拶も俺が気づかないときはぎこちない動きであいつからしてくる、食事だってしどろもどろしながらだけど当たり前のようにする。時たま険しい表情をしているが。いやいやいや、考えれば考えるほどわかんないって。




「そういや名前のやつ、俺に対しても少し険しい雰囲気出してたこと何回かあったな」

「げ、父さんにも?」

「ああ、思い出したが表情もいつもより険しかったから何か怒らせちまったかと思ったぜ」




何だったろうなー、と呟く父に夏侯覇はうーんとうな垂れる。謎は深まるばかり。少なからず俺と父さんも多少関係はしているみたいだ。嫌われてはない、それは確かに解る。嫌悪感は全く出ていなかったから。じゃあ何だ、と問われるとわからないの一点張りだ。



「息子ぉ、お前自覚ないだけで何か名前にしたんじゃないのか?」

「と、父さん!俺を疑う気?何もしてないって!」




断じてしていない。微妙な立ち位置だけど今まで通りのいい関係を築いていけていたと思ってる。好き、だって自分の気持ちに気ついたときも悟られないように接していたし。真面目だけど感は鈍い名前は知らないだろう。うん、確実に知らないだろう。




「知らない知らない、そうであってくれ」

「こりゃ完全にお困りだな」

「情けないけどどうしたらいいかさっぱりなんだ」



嘆息する夏侯覇の頭を夏侯淵はぐしゃぐしゃと力強く撫でた。痛いよ、と反論するが人当たりいい笑顔で返されるだけで手は止まらない。夏侯淵は可愛い息子が自分に頼ってくれることが嬉しくてたまらないのだ。



「悪いな息子、俺じゃ力不足だ」

「そんなことないよ。俺こそ女々しくてごめん」

「まあそう自分を非難すんなや。やっぱり手っ取り早いのは本人の口から聞くのが一番だな。おーい、入っていいぜー」



え、
ぱっと跳ねるように顔を上げるとぎぃ、と扉が開く。そこにはやはり険しい表情をしている噂の彼女が立っていた。肩で呼吸しているあたり走って来たみたいだ。
父さん!?夏侯覇は驚きながら父の顔を見るが、本人は親指をぐっと立てた。いやいやそうじゃなくて!呼んどいたぜ、じゃなくて!




「い、いつからいたんだ?」

「今、来た。あ、貴方のお父、様から呼ばれて」



呼吸が整っていないせいか途切れ途切れに言葉を吐き出した。ふう、と息を整えると大股で部屋に入る。若干がに股で歩く姿が気になった。そこまで動揺しなくても、夏侯覇は口にはせず心にそっとしまっておいた。

名前は眉間に皺ができるほどの神妙は面立ちで夏侯覇が座っている椅子の真横に立った。すると机を挟んで目の前に座っていた夏侯淵を前に机を力強く叩いた。普段大人しい印象がある名前からは考えられない行動だった。驚く二人をよそに彼女は大きく息を吸い込む。




「息子さんを!私に下さーーい!!!」



必ず私が幸せにしてみせますから!
大真面目な表情で言い切った名前に夏侯淵は呼吸困難になるほど声を上げて笑った。ぎこちない態度はこれを言えるに言えなかったせいであったのだ。いきなり婚姻を申し込まれた夏侯覇は思わず咳き込んでしまうが、そんなことお構いなしに名前は夏侯覇の手を取る。




「夏侯覇の危機は私が守るから安心して」




力強く握る両手からは漢らしさが滲み出ている。冗談ではなく本人は至って大真面目だ。
久しぶりに見る名前の笑顔を嬉しく思う反面、立場逆転かよ!と盛大に夏侯覇は突っ込んだ。父親の夏侯淵はさらに腹を抱えて哄笑する声が部屋中に響き渡る。


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夏侯親子マジ天使