※死ネタ
遠く響く兵たちの声は歓喜していた。どちらかの兵か、など訊かなくても解る。伝令として伝えられるはこちら側の勝利確定だった。ああやはりな、徳川側が勝ったのだ。戦国の世はこれで終わりじゃ。
最期の最期まで自身の志を示した真田幸村の意地はきっと後世に残るであろう。奴は散るには惜しい男であった。日本一の兵、そう讃えられることに相応しい。ふと、彼奴に仕えていた一人の女が脳裏に浮かぶ。馬の綱を引き、家臣を連れずにその場を後にした。
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死人が倒れゆく戦場を馬で早々と駆ける。未だくすぶる火薬の臭い、死人の血臭が鼻腔を突けば政宗は思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。生きてる豊臣方は殆ど見当たらぬ。冬の陣では奴の姿を見かけたが此度はまだ一度も目にしていない。幸村の側近で戦っていたはずだ、奴ももう死んだのだろうか。数多の烏が死人の身体を突き、群がる姿を疎ましく思いながらも馬を進めていく。
こほ、 微かに聞こえるくらいの大きさだが、確かに咳き込むような声が大木近くから聴こえた。
「…馬鹿めが」
鞍から降り、大木に近寄ればやはりわしが探していた真田幸村に仕える家臣の女であった。どうやらあのくのいちは一緒ではないらしい。 大木に寄りかかる女はお世辞にも綺麗な状態では無かった。頭部の出血、左腕は骨が折れているのか力なくだらりと垂れ落ち、両の太腿は矢が痛々しく刺さっている。この状態では立てなくて当然であろう。
「…藤、次郎、さん」
「生きておったか」
「はは…死に損なってしまったの」
幸村様やくのいち達はもう逝ってしまったというのに。 乾いた笑いは生き残った自分を自嘲するようだった。幸村といい此奴といい命を散らすことが美徳だという思想はどうにも変える気はないらしい。
名前は酷い怪我を負ってるが今手当てをすれば傷跡は残るが治るであろう。己の怪我に備えて懐から薬と包帯を出すが女はいらないと、首を横に振った。
「わしが敵軍だからか」
「それもある、ね。でもこれを頂いたら生き延びてしまう。私はこの戦で死のうって決めたんだよ」
「…ふん、死にたがりめ」
聡い此奴は分かっているのだろう。名前が生き延びたとしても泰平の世の為ならばと申して、幸村の重臣の名前を処断する家康を。だが西軍はもう東軍に対抗する力は残っておらぬ。それを家康にわしが弁明すれば見逃してくれるやもしれぬ。家康も昔よりはわしを信頼しているはず。此奴は死ぬに惜しい人材。奴に頭を下げてでも説得する価値のある人間だ。新しき時代を作るため才ある人間は多い方が良いのだ。
「……ありがとう、優しいなぁ」
「別に、貴様の為でないわしの為じゃ。傷が痛むのであろうあまり喋るな」
「本当に優しいね…」
動く右腕を伸ばし名前は政宗の頬に触れる。指先は血で汚れていたため、ざらりとした冷たい感触だった。
「けど、私はそこにいれない」
虚ろな瞳は何処か全てを諦めてしまったように思えた。
「時代遅れの武官の私は泰平の先を見るあなたについて行くことはできない」
「……強情な。よもや生きてく世界が違うと言うのではあるまいな」
政宗は名前が頬に触れる冷たい手を上に重ねた。
…ああ、貴様という奴は、全くどうしようもない。わしが貴様に新しき時代へ手を伸ばしているというのに、それを拒むというのか。貴様に生きてもらう為、軍も連れず一人で来たというに、それも無駄になってしまうではないか。
何より、何故慈しむような微笑みをわしに向けるのか。
「花も人の命も同じ。散るからこそ美しいのでしょう」
するりと政宗の重ねた手を離す。血まみれの薙刀の刃を自分の胸を捉え、政宗に杖を向けた。
「任せてもいいかな」
「戯れ言を、」
「藤次郎さんしかできないの。お願い」
思い残すことはない。死ぬのなら潔く散って死にたい。それが名前の望みだった。身体中の怪我が酷いせいか、無傷の右腕の力もあまり残されておらず、薙刀を持つ手は小さく揺れていた。
幸村、貴様の家臣は貴様同様に馬鹿な奴じゃ。散ることしか考えておらぬ。馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め。大馬鹿者め。
向けられた杖を掴むと名前は覚悟したように目を閉じた。政宗は唇を噛み締め女の胸を勢いよく貫いた。生暖かい返り血が顔や甲冑を汚した。指先は冷たかった癖に血は妙に生暖かい。命を散らした貴様が寄り添う大木はこんなにも緑が茂り、空も青い。討ち取られた名前の表情は今日見た中で最も穏やかな表情だった。
皮肉なものだな、政宗は真っ青な空を仰いで思わず自嘲をした。
end.
「我は弓なり、戦国の世では弓は重宝されるが太平の世では川中島の土蔵に入れられてしまう」という正則の逸話が好きでついノリで書いてしまった。オロチ2でこの話あったときすごく嬉しかったです。
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