「此度の戦、貴様の戦功は大きい。大儀であったな」





名前は若き竜と謳われた伊達藤次郎政宗を前に三つ指ついて頭を下げた。
先の合戦、摺上原の戦いで伊達軍が見事に勝利を収め、黒川城へ居城を移してから数日経つ。主である政宗の声色は普段より一層、明るく聞こえた。負け戦が幾度か続いていたせいもあってか、よほど嬉しかったのであろう。私も嬉々とする主を心から嬉しく思った。





「恐悦至極に存じます」

「そう堅くなるな。面をあげい」





言われるがままに頭を上げて背筋をピン、と伸ばす。政宗は胡座をかきながら自身の扇子を床にカチカチと鳴らした。





「成実と宗時が名前を褒めそやしておったわ。小十郎が苦笑いするほどにな」

「滅相もない。そのお三方に比べれば私の働きなど大それたことない」





政宗は名前の言葉を聞くと満足そうに口元を緩めた。

成実達が言うように彼女は戦の腕は立つくせに、それを鼻にかけることもない。その上、謙虚さも兼ねている名前を政宗は実力だけでなく人柄まで買っていた。





「まあ、良い。名前を呼んだのは他でもない、貴様の働きを賞賛して論功行賞を用意したのじゃ」





政宗は扇子を手のひらで音を立てながら閉じると、「入れ」と言わんばかりの待機していたであろう家臣が数人、襖を開け、部屋に入った。

家臣達の手には金、鎧や具足をはじめ、戦場では必要不可欠である武具一式を名前の前へずらりと横並びされた。用意された武具は丁寧に黒漆塗が施された逸品である。一目見ただけでも立派な武具だと分かったので、普段さほど表情を変えることのない彼女も思わず目を見張った。

(流石伊達の殿方であろう…。)




「全て名前にくれてやる」

「…殿、私には少々立派すぎかと」





煌びやかに光る武具は誰もが感嘆の声を漏らしてしまうほどだ。職人技とはまさしくこういうことを言うのだろう。一介の将である私が身につけるにはあまりにも立派すぎる。





「馬鹿め!わしは貴様に見合うものを用意したまで。立派な働きをした貴様に立派な武具を与えて何が悪いというのじゃ!」





名前は政宗の言葉に口を噤んだ。政宗の言っていることは最もだった。戴ける武具を断るということは政宗の好意を仇にすること。私のために用意してくれたのにそれを断るなんて失礼極まりないことなのだ。名前は戸惑いながらも床に手をつき頭を下げた。





「…ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「ふん、初めからそう言えば良いのじゃ」





政宗の好意を受け取るとやはり彼は嬉しそうに笑う。笑うとまだ幼さの残る主に、昔懐かしき梵天丸であった政宗の姿を重ねた名前は本人に見えないように小さく笑みを零す。

政宗はそれを知る由もなく、家臣達に武具一式を名前の自室に運び入れよ、と命を出す。厳格そうな家臣達は一礼をして速やかに部屋から出て行かれた。




「では殿、私も失礼致します」

「待て。貴様にはまだ渡すものがある」





訝し気に首を捻ればこちらに来いと手招きされ、目の前に座るよう扇子で床を叩く。名前は吸い込まれるように腰を上げ政宗の真ん前に正座をした。

手を出せ。
言われるがままに両手を差し出すと政宗は懐から綺麗に装飾された二枚貝を名前の手に握らせた。ちょこんと手に乗った二枚貝は女が着飾るのに必要な紅である。これまた高そうな逸品だ。





「…貴様にくれてやる。淡い色の方が似合うと思うてな」





そっぽを向いて話す殿は顔こそよく見えなかったが少し照れているようにも見えた。
恐る恐る貝の蓋を開けてみれば桜を思い出すような淡い桃色をした紅であった。




「…きれい」

「当たり前じゃ。わし自ら選んだのだからな」

「ですが、こういった物は私より愛姫様に贈られた方が喜ばれるのでは」

「ば、馬鹿め!今は愛のことは関係ないわ!」






顔を紅く染めながら怒る政宗を名前は可愛いらしい方だと思った。

きっと普段からあまり化粧もしなければ香も付けない私を想ってくれての好意であろう。戴いた紅は桜のように愛らしい。武を奮うばかりである私とではあまりに対象的で思わず苦笑いを零してしまいそうになる。





「なんじゃ、嬉しくないのか」




不服そうに顔を覗き込まれ、直ぐ様とんでもない、と首を横に振った。それでもなお不服そうな殿は私の手から二枚貝を奪って紅をひとすくい小指でなぞった。

──まさかこの人…。政宗が何をするか予測できた名前は身を退こうとしたが動くでないぞ、と言われれば従うしかない。長い髪を耳にかけられ小指に付けた紅を名前の唇に沿うように、つう、と優しく紅を引く。紅だけと言えど、淡く色のついた唇は普段化粧をしない名前を女らしく魅せた。





「…ほう、やはりわしの見立て通りじゃ。よく似合っている」




政宗は感心したように、再び顔を覗き込まれ色んな角度から伺った。この方は目上の人間なら兎も角、目下の人間にはお世辞は言わないお方だ。似合っていると言うから似合っているんだろう。そう思っておこう。

一礼をして礼を述べるとやはりまだ不服そうに口をへの字に曲げてため息をついた。先の機嫌の良さはどこに行ったのやら。






「名前、貴様は何をすれば喜ぶ?貴様とは長い付き合いだが全く分からぬ」






肘を膝に付き、眉根を寄せた殿は困ったような苛立ったような表情を浮かべていた。政宗は名前が声を上げて笑ったり、人に何かされて喜ぶ姿は今まで一度も見たことがなかった。本人はそれが至って普通なのだが名前自身の性格を政宗は未だよく掴めていなかったのだ。

故に論功行賞にしては立派すぎるほどの武具や金子、政宗自らの選んだ贈り物の紅を渡してみたがいまいち反応が鈍い。痺れを切らした政宗が本人に問うた。政宗の言葉主が自分に褒美を与える真意に気付いた。





「私めの表情が乏しいゆえ殿に多大な迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます」

「ならば申せ、貴様の喜ぶ顔が見たい。何を贈れば良い」

「…贈り物は結構。もう十分すぎるほど戴きました」






政宗が二枚貝の紅を床に置く様を目で追いながら視線を落とした。

今までも事あるごとに何かを戴いてはいたがそんな理由があっただなんて。傲岸なところもあるが根は器量の大きいお優しい方なのだこの方は。こんな一介の将のために、私なんかの喜ぶ顔が見たいがために尽くして下さるなんて。以前より一層尊敬を抱かざるを得ない。

元々政宗は派手好きな性格。贈り物の武具、金子、紅、どれも困惑するほどの煌びやかに光る逸品ものため名前自身、自分が付ければ武具や紅が浮いてしまわないかの不安の方が大きかった。だが、決して嬉しくないと思ったことは一度もないのだ。




「笑わずに、我が儘を一つ聞いて下さりますか」

「!…何じゃ?遠慮はするな」




政宗の嬉々と期待の混じった声をしっかり聴くと名前は背筋を真っ直ぐ伸ばした。







「頭、をですね、…撫でてくれますか」







目を見開き耳を疑う政宗に名前はハッとした。

なにを、言い出すのだ私は。

幼少期の際、両親に褒められたときはいつも頭を撫でてて戴いた記憶がある。輝宗公もよく鍛錬をする私の姿を見る度に頭を撫でて下さった。私は褒められると頭を撫でて貰わないと何か物足りない人間なようで。あんなに素晴らしい論功行賞を戴いたというのに頭を撫でて貰わないと満足できないようだ。そんな自分に歯がゆさを何度感じたことか。

政宗の良心を利用して多少の我が儘なら通じるだろうと、一瞬でも思ってしまった自分の愚かさに殴りたくなる衝動に駆られた。




「やはり先の件──」





聞かなかったことに。
そう口にしようとしたとき頭に重みを覚えた。政宗が名前の頭を、犬でも撫でるかのようにぶっきらぼうにわしゃわしゃ撫でていた。私より若年のといえど背丈は勿論、手も私より大きい。男を思わすそのお姿はまるで亡き輝宗公を思い出す。

名前はぽかんと口を開けながら乱れた髪の隙間から見えた政宗は顔を横に背け、視線をこちらに合わせまいと逸らされていた。






「…よい働きであった。さすがはわしの見込んだ女子じゃ」





不器用ながらも紡がれた政宗の言葉に名前も乱れた髪を押さえながら、満面の笑みとお礼を述べた。はにかみながら笑う彼女を初めて見た政宗は「全く無欲な奴よ…」と呟き、嬉しそうに笑った。






fin.


クロニクルの賞賛台詞にいつもにやにやしてしまう。邂逅台詞も激しく興奮する