どうやら夏侯覇は背が低いことを気にしているらしい。何年も前からあの身長のままだったわけだし何で今更気にする必要があるのか良く分からないけど、とにかく張本人は異様に気にしているようで。昭に背が伸びる方法を訊いていたこともあった。だけど昭に訊いたところで解決法なんてなかったみたいだ。あまりに気にしているようだから小ちゃくて可愛いと思うよ、と言ってみたらかなり嫌そうに顔を歪めるではないか。あんな夏侯覇の顔を見るのは初めてだったからある意味新鮮だ。やー、あのときは悪気はなかったしわたしの本音だったのだけど逆効果なだけだった。

そういえば前にトウ艾と文鴦に挟まれて会話している姿を見たとき若干首を痛そうにしていたから、良かれと思って踏み台を用意してやったら頭を軽く叩かれたのは未だに腑に落ちない。わたしの優しさ台無し。



「何が優しさだよ嫌がらせだよ」

「夏侯覇に嫌がらせしてもわたしに得なんてないんだけど」



鍛錬の休憩の合間に木陰で夏侯覇は肉まんを頬張り、わたしは書簡を広げていた。さすがに兜は蒸すらしく休憩のときは取るが鎧は絶対脱ごうとしない。年齢に見合わない童顔とその童顔に見合わない身体つきはいつも驚かされる。
此方を見向きもしないでそっぽを向いて肉まんを頬張っているから怒っているの?と顔を覗き込むと、夏侯覇は大仰に喉を鳴らしたかと思えば呆れたように肩で息を吐いた。



「あー、怒ってない怒ってない。お前ってなんでこういつもさ、なんつーか…その感覚がズレてるというか天然というか」

「その肉まんちょっと食べたい」

「いや聞けよ」



食べてる肉まんが美味しそうだったものだからつい…。ごめんごめんと本当に悪いと思っているのか分からない謝罪をする名前に夏侯覇は二度目の溜め息を吐き肉まんを半分に千切って渡してやる。もちろん食べかけのものは彼自身に、まだ手を付けていないものを名前に。
ほら、やるよ。夏侯覇からまだ温かい肉まんを手渡されると名前はぱちぱちと瞳を瞬かせる。



「こんなに食べれないから食べかけくれる?」

「いやいやこっち食えよ!せっかく渡したんだから」

「ちょっとでいいんだよ。だからその肉まんが「い、いいから!おとなしくそれ食えって!」



気迫負けした名前は、わかったと頷き肉まんを頂戴することにした。横目で夏侯覇を見やると、今ので潰れかかったかわいそうな肉まんを豪快に食べたかと思うと籠に入っていた新しい肉まんに手を伸ばす。よく食べるのになんで背は伸びなかったんだろうね。不思議だね。
すると、わたしの考えていたことが筒抜けだったのか手加減なしのデコピンをお見舞いされた。



「あいたー」

「案外丈夫なのな。もっと痛がるかと思ったぜ」

「十分痛いですって仲権さん」



武官でもないのに容赦ない。
いたずらに笑う夏侯覇の笑顔は普段より幼さが残る。
やはり彼は身長を気にしているようだ。成長期なんて等に過ぎてるから今から伸ばすのは難しいと思うんだけど本人にとっては死活問題なんだろうね。なるべく身体を大きく見せるためにゴツイ鎧着て、顔に自信がないみたいなのか兜被って完全防備。思えば昔からこんな格好していたことを思い出す。今更何故、と疑問に思ったが昔から夏侯覇は気にしていた節があったのだ。全く意識していなかったわ…。

もごもごと肉まんを食べながら時折夏侯覇の目を盗み横顔をそっと見やる。背丈は、わたしの方がちょっとだけ高いかもしれない。いや、自分の猫背の分背筋を伸ばせばもう少し高いか。戦場では幼い容姿は何かと不利になるのだろう、見くびられないために色々工夫しているのはよく理解しているつもりだ。あえてそれを逆手にとるのも一つの策だと思ったりもするけどきっと本人は隠すことで精一杯かもしれない。

夏侯覇。
名前を呼ぶと優しい声で「んー?」と返事をする夏侯覇の口に残りの一口の肉まんを放り込んだ。



「!?お、お前、びっくりするだろ!」

「笑った顔が好き」

「は」


瞠目する夏侯覇に名前は気にする様子もなく言葉を紡いだ。



「そうやって驚いた顔が好き。怒ったときの顔が好き。不安そうな顔が好き。嬉しそうにわたしの名前を呼ぶ顔も好き」

「ごほっ!い、いきなりどうしたんだよ」

「面倒見のいいところも子供みたいにはしゃぐところも臆病者のところも、たまに男の人の顔になるところも好き。あと」

「わかったわかった!もういいから!」


ものすごい勢い口を覆われて話すことができなくなってしまった。口を覆う張本人の顔は鍛錬でもした後のように紅潮していた。あ、その顔も好きだ。わたしが黙ったことで覆われる手の力が弛み、呼吸することが許された。


「同目線で話せるところもね」

「………俺のこと好きすぎだろ」

「夏侯覇もわたしのこと大好きでしょう」


したり顔で言ってやれば言葉に詰まった夏侯覇は照れ隠しなのか頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。だから力強いんだから手加減してよ。乱れた髪を直していると、夏侯覇は顔を見られまいと兜を被ってしまった。そうやって照れると顔を隠す癖も昔から変わらない。
ね?好きでしょ?先ほどと同じように顔を覗き込むように質問してみると額を軽く押されてそれ以上近づくことができなくなる。



「お前の背丈越したら伝えたかったんだけど上手くいかねえな」



困ったように笑う夏侯覇に名前は膝を抱えながら人生ってそういうものなのですよ、と呟く。夏侯仲権の背丈の悩みはどうやらほどなく解決しそうだ。


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