「あれ」


教団のだだっ広い廊下を軽快な足取りで歩いていたレナだが、何かを思い立ったようなのかピタリと足を止め、きょろきょろと辺りを見回した。


「うーん?」


自分の自室を探している最中なんだけど問題発生。ここどこなの。私の部屋って確かこのフロアだった気がするんだけど…同じ部屋がいっぱい。あれ、あれれれ。ここは一体教団のどこなんだ。




Act.2
かける言葉はドントマインド




「…まっずいなー」


同じフロアをぐるぐる回ってみたけどどうもいまいちピンと来ない。もしかして私の部屋ってこの階じゃないのかな。いやそんなことはあるはずがない。ちゃんとリナリーとコムイに確認したんだからこの階のどこかにあるはずなんだ!

…これって世間一般では迷子って呼ぶヤツだろうか。おかしいなー。約20年間生きて来たけど、まさかホームで迷子になるとは思いもしない。あはははやべまじうけるわ〜!……って笑いごとじゃないよまじで。これは本当にやばい。ちょっとしたピンチだよ。鍛錬から戻って来て彼女は相当疲労が溜まっていた。出来ることなら今すぐにでもベッドで寝てしまいたいぐらいだ。しかもさっき科学班でわいのわいのしていたらさらに疲労が、ね…。ついでにリナリー、アレンラビはあの後各々が食堂に行ったり、自室に戻って行ったみたいだ。
はあ、とひとつ溜息をつく。
全くこんな似たような部屋ばっかだからいけないんだと思うんだよね!もっと私の部屋は分かりやすくして欲しいもんだよ。ケッ!
プリプリと一人で廊下で怒るレナ。さすがに彼女一人の部屋だけ分かりやすくはできないものだ。理不尽すぎる。もし今、周りに人がいたら大声でぶつくさ独り言を言う彼女を見れば、きっとみんな怪しげな目で彼女を見るだろう。誰もいない状況だが怪しさは十分すぎるほどだ。本人は気づいていないんだろうが独り言がデカい。
突如、レナの大きな独り言は何事も無かったかかのようにぴたりと止まった。怒るのを止めたみたいだ。腕を組んでどうしたものかと考える。
まあいつまでもこんな所でグチグチしてる訳にもいかないもんね。仕方ない、まだ見てないところをぐるぐると見回ろうか。そう言って重い体を動かして歩き始めた。


「あ」

ふと前方から人影がゆらりと見える。目を凝らして見るとファインダーではないか。あのファインダーに自室の部屋を訊けばわかるかも。そう考えたレナは深海から射す一筋の光だと思わんほどにガッツポーズをとった。ファインダーの姿なんて見るの久々だー三年振り!なんか嬉しいなあ。
にやけ顔を隠さずに足早にファインダーに近づいた。声をかけれるほどの距離になって気づいたが、やけにこのファインダー私の顔を凝視している。レナはへらりと笑いかけるが彼は真顔で見ているだけだ。


「……?」

(な、んだ?何かしただろうか?)

瞬き一つせず穴が空くほど見られている。私はまだら何もしてないよ何も訊いてないよ。ただ口元が緩んでいただけだって。これはもしかして訊いちゃいけない雰囲気なんだろうか。自室なんて聞いたらいけないパターンだろうか。なんか地味に視線が刺さるし、もしかしたら私が教団を出た本当の理由がバレた、とか?…いやいやいやいや、まさかそんなことは…いやいやいや。

きっと動物園の動物たちもこんなに気分なんだろう。可哀想に。差し詰め今の私の気分は人気動物パンダの感覚。あっ別に自分が人気なんて思ってなんかないよ別に!

面倒なことにならないうちにスルーした方が賢明だと思ったレナは、突き刺さる視線を流すように彼らの横を通りすぎる瞬間。


「あの、もしかしてレナさんですか?」

「ホワッツ!?」



呼び止められるように声を掛けられたものだから、途端に素っ頓狂な声が出てしまった。話しかけられたことに小さく驚いてしまったのだ。
名前言ったっけ?まぁどうでもいっか!きっと私は有名なんだ。人気動物のパンダみたいなものだもんね。


「イ、イエス」

「やっぱり!三年前に任務に行かれたと聞いていたので、帰って来てたんですね!」

「実はね、さっき戻ってきたんだ」



正確に言うと任務じゃなくて鍛錬なんだけど、…なーんてこんな事口が裂けても言えない。うっかり喋ってしまったら大変だ。危ない危ないお口チャックだ。というよりこのファインダーの男の人やけに詳しい。普通のエクソシスト一人でも長期間いなくなると色々と話題になるのかな。生きてんのかとか死んだんじゃないのとか。噂されるってことはあれか、私ってやっぱり人気者だった、ってこと!?えええマジデー!?
何か勘違いの思考を巡らしているレナをよそに、ファインダーはいきなりすう…と大きく息を吸った。


「お〜いみんな!!レナさんが帰ってきたぜ!!」

「!?」



横を向いたかと思えば大声で声を張るこのファインダー。左方向を向けば三、四人ほどファインダーらしき人物が見える。
ウワアアアアアアなんてことをーー!!そんなことしたら人が集まるよ!私はさっさと自室見つけて寝たいのに、君は何故それに気づかないのかね!?お願いだから寝させておくれよ!心の中で叫ばずにはいられなかった。あえて心の中で叫んだのは大声を出すのは疲れると悟ったからだ。案の定呼びかけられたファインダー達はレナに向かってわらわらと寄って来る。ああ人気者はつらいよパンダちゃんと来々ちゃんや。来々ちゃんとは何のことなのか、彼女自身も多分分かっていないであろう。疲れていることは確かだった。


「わぁーレナさんっスよね久々っス!」

「わぁ体育会系!」


思ったことはすぐ口にしてしまう。レナの悪い癖だ。つい口を滑らしてしまったのである。ビックリした一瞬体格が良いのが出てきたから。絶対身長ニメートルはある。いや絶対、確信出来る。


「私の事なんで知ってるの?好きなの?」

「…え!?あ、いやレナさんはオレらの憧れなんですよ」



まるでアイドルを慕うファンみたいだ。憧れなんて言われるとほんの少しだけ浮かれてしまう。