「それは見事に厚意が空回りしてますねえ」

「恋の、空回り、ですって…?」

「ああ、恋ではなくて」

「恋故意鯉己斐濃い来い請い乞いKOI。コイはコイでもどのコイなのかさっぱり…」

「落ち着いて。こ、う、いです」








Act.8





談話室の一角にてアレンとレナはテーブルを挟んでお茶を堪能しながら他愛ない話をしていた。一見優雅に見える絵面であるがティーポットの横に置かれているうす灰色のニボシ牛乳と、大皿に盛られたちりめんじゃこが華やかに見える雰囲気をぶち壊しにしている。

猫を思わせるような少しつり上がった瞳を数回瞬かせたレナは、なんとも頭の悪そうな物言いでアレンの言葉を拙く繰り返す。今朝起きた牛乳の件の出来事をアレンに話すと見事にネーチャンそれは厚意の空回りですぜ、とズバンと言い返された。





「牛乳とニボシが嫌いだったなんて知らなかったよ…」

「や、そっちじゃなくて」

「もしかしたらクラッカーが不発だったのが気に入らなかったのかもしれない」



気づかなかったや!と、勢いよくテーブルを叩いたせいでにぼし牛乳がちりめんじゃこの皿に半分ほど入ってしまった。牛乳が入った瞬間、アレンがみたらし団子片手に、うわあ…。と、目元がひくつくのをしっかりと見た。それ、食べるんですか…と言いたげな顔である。食べますとも。ニボシ牛乳がかかってしまったちりめんじゃこだけど、胃に入れたら同じなんだからいいのですよ。それをスプーンにすくって口の中へ放り込むとじゃくり、とした音が響く。ほら!ニボシがコーンフレーク感覚で食べれるし、このじゃくじゃくした食感がまたサイコーよ!

そんな様子を一部始終見ていたアレンは品の良さそうな顔を歪ませた。




「…レナって食べれないものあるんですか?」

「……魚の骨とかちょっとね、」

「それは食べられないものです」




骨ごと食べれる小魚なら食べれるんだけど、普通のお魚は骨が多くて無理なんだ。

乾いた喉をにぼし牛乳で潤す。ごぶっ!げふげふっ!にっ、にぼしが喉に刺さったいたい!牛乳の量に対してにぼしを多く入れすぎたせいで見事に喉にぶっ刺さってしまった。…喉がちくちくする。

違和感の残る喉が気になるのでアレンが用意してくれた紅茶で流してしまおう。甘い香りが鼻腔を擽り、カップに口をつけた。あっちぃ!熱湯並みかよ!

熱で痛む舌と唇を冷やすようにニボシ牛乳に手をつけた。…う!やっぱり喉に刺さる!だめじゃこりゃ!




「(レナってば不器用なのは手先だけじゃないだなんて…)」





アレンは心底レナの不器用さに同情心を抱いた。憐れみからか気づいたらアレンはみたらし団子をレナに握らせていた。そしてまた本日何本目、否、何十本目かのみたらし団子を口に頬張るアレン。

…なんでみたらし団子くれたんだろ。好きだけどさ。それよりお口にみたらしのたれが付いてますよムッシュー。





「話を戻しますけど、レナが神田にそんな気づかいする必要ないですよ。あの男は気づかいを気づかいと思わない人間ですし」





ハハハ、と乾いた笑みを浮かべながら話すアレンにどことなくいつもの紳士スタイルはなかった。彼は神田の前だとそのスタイルは崩れることがよく多い。毒吐き紳士かあカッコイイネ!

あの二人は任務中もよく口ゲンカをしていたけど普段もきっとあんな感じなんだろうか。なるほどケンカするほど仲が良いってことか。




「痴話喧嘩?」

「ちょっと、何で今その言葉が出てくるんですか。使い方違いますよ」






アレンは口端を引きつらせ眉間に力を入れた。本当に不愉快そうだ。口元についてたみたらしのたれをぺろりと舐めたかと思うと、再び団子に手をつけて口に運び始めた。次々と減っていくみたらし団子の山と満腹知らずのアレンに脱帽だ。

寄生型の食欲スゲエ。私の寄生してるイノセンスが発動すればこんなふうに大漢食になってしまうのだろうか。

ニボシが喉に刺さらないように細心の注意を払って、小魚が沈殿している牛乳をちょびちょびと喉に流す。それを飲みながらレナは今朝の出来事を思い浮かべた。




「あのさ、別に神田に気づかってるつもりじゃないんだよ」




アレンが先ほどレナに言った言葉の返事である。

両手で持っていたコップに視線を落とし、レナは片眉を下げながらぽつりと呟いた。





「上手いこと、言えないんだけど私がそうしたいというか。もしかしたら見たいもの見れるかもしれないし」





眉を下げて困ったよう笑って見せた。話の見えない返答に彼はどういう意味だと言わんばかりに首を傾げる。アレンの表情や仕草で何を伝えたいのか理解したレナは、彼の頭に自分の手を置いた。くしゃりと頭を撫でてやれば、遠慮がちに見上げられた銀灰色の瞳が戸惑いを含ませている。

(おお、なんか犬みたいだ)

まるで動物に対する愛着のような衝動が自分の中で襲う。わしゃわしゃとアレンの頭を撫で続けていると驚きの声と制止の声が耳に入った。もっと触っていたかったが、やめろと言われたらやめるしかない。内心残念だと思いながらも自身の撫でる手を名残惜しむかのように、髪を梳きながらアレンの頭から離した。



「もう、なんですかいきなり」

「いや、なんかわんこみたいで可愛いかったから」




アレンは訝しげに眉を潜め、乱れた髪を手で整えた。左部分がちょっとハネているけど跳ね具合が可愛いから黙っておこう。

彼を犬のようだと言ったことが気に入らなかったのか、…全く嬉しくないですし、褒めてるんですか。と、口をへの字に曲げてしまった。なんだ、アレンってばお優しい紳士さんなのばかりと思ってたけど案外、子どもっぽいところもあるのか。と云っても、彼はまだ15、6くらいだからそういうところが垣間見えても当たり前といえば当たり前だ。だが、エクソシストとして戦場に立っていれば通常の思春期の子どもより思考は自然と大人びてくるものだ。特にアレンみたいな博愛主義者の人間は人の生や死に人一倍、敏感なのではないだろうかと考えてしまう。

だからか、新しく仲間になったアレンの子どもらしい部分を発見したときはなんだか嬉しかったのだ。…まあ、自分も大して年は変わらないし、つい最近教団に戻ってきた自分が随分上から目線だということは置いといて、と。




「そう怒らないでって。牛乳あげるから機嫌直して!ね!」

「や、気持ちだけで結構です」

「じゃあちりめんじゃこもおまけね!お礼はいらないよふふっ!」

「だから混ぜないで下さいよバカレナ!」





なんともがさつにちりめんじゃこが乗っている皿をコップに勢いよく注いだ。雑なやり方のせいでじゃこが所々散乱している。おおざっぱなのはレナの性格のためしょうがなかった。



「騙されたと思って飲んでみてよー美味しいから!」



陽気な声色でわざとらしいほどえへへと笑うレナだが誰がどう見たって味の予想ができてしまうのだ。そこまで言うならアンタが飲めよ、とアレンは顔と良心を歪めながら心中で呟いた。




「アレンこれを飲むと強くなるよほらほら」




そんなインチキ臭いキャッチフレーズを鵜呑みにするほどアレンは馬鹿ではなかった。

嵩の増した牛乳プラスアルファデラックスをレナ以外、一体誰がこれを好き好んで口にするというのか。味覚音痴なだけならともかく人にまで進めるなという話である。




「不味そうなので飲みません。強くなれるなら鍛錬馬鹿の神田にあげたらどうですか?」

「牛乳とニボシが嫌いでもじゃこが入ってたら飲むかもしれないってこと?」

「イエス」

「なんだあ足りなかったのはちりめんじゃこかー!なるほどなるほど〜。
ところで今不味そうって言った?」

「いえ言ってません」




ペカーッと直視できないくらい眩しい笑顔を貼り付けて言うものだから、ああそう。と返答するしか他なかった。レナは温くなって飲みやすくなった紅茶を勢いよく飲み干して豪快にソーサーに置いた。





「アレンごちそうさま!私はミスター神田に魔法のドリンクを届けてくるぜ」

「個人的に神田の反応がすごく楽しみです」

「喜びで逆立ちしながら飲んでくれそうだね!」

「鼻から牛乳垂れ落ちてきそうなのでそれは想像したくありませんね。ついでに神田の頭のネジも摂取出来たらいいのに」




明らか神田の嫌がる姿が目に見えてるアレンは少し楽しそうに見えた。神田が関わるとアレンはいつもの博愛精神がうっすら陰になってしまうのであった。

やっぱり二人は仲良しなんだ!ウフフ!ケンカするほどなんとやらだね!

だがレナには伝わっていないようだ。彼女は牛乳デラックスと命名した危なげドリンクを片手にさらばじゃ!と武士のような言葉を残して談話室を後にした。

ティーポット内に余っている残りの紅茶はまだ熱は冷めてないようで、丁寧にカップに注ぐ。



「神田……、アーメン」




(レナが楽しそうだから、いっか)
火傷に注意しながらレナが去っていった方向に視線を送りながら紅茶を啜った。怒っているだろうなあ、なんて考えながら。







▽▲




「誰が飲むか!部屋まで来んな帰れ!」

「いいんだよ…無理を装わなくても。私はちゃんとわかってる。さあ逆立ちして飲んで」

「テメエが飲めよ!…おい!だからこぼしてんじゃねえ!」




やはりアレンの予想通り一部始終怒っている神田であった。




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