「いっ!だだだ…」

「こら動かない」

「フチョー………しみる」

「当たり前よ。傷になってるんだから」

「レナ、ちゃんと治すためだから我慢しないと。ね?」






レナが婦長と呼んだナースは、切り傷になっている彼女の首筋に消毒液をひたひたに浸した布を宛てがった。消毒液が傷口に触れた瞬間、ぴりぴりとした痛みが脊髄を走り、思わず顔を苦くする。傷が思った以上に深かったみたいだ。身体を反らそうとするレナをリナリーは背中を優しく支えてあげた。


ルーマニア北部にてアクマの破壊を、という任務から数十時間後。レナは医務室で神田に付けられた首の傷の手当てに来ていた。手当てをするほどの傷でもなかったから自室に戻ろうとしたのだが、たまたま婦長と会った際に鬼のような形相で「医務室に来なかったら地獄まで追いかけるわよ」などと言われてしまったのでビビったレナは即座に医務室にやって来たのだ。彼女と一緒に来たリナリーは付き添いである。







「全く、長期任務から帰ってきたかと思ったらさっそく怪我をした挙げ句、放置しようとするなんて」

「ごめんなさい婦長の仕事を増やして」

「私はそんなことを言ってるんじゃないわ。怪我をしたらちゃんと医務室に来なさいって言ってるの分かったわね」

「…はあーい」

「はい終わり。小さい傷だからって甘くみちゃいけないわよ」







手際良くガーゼを患部に当て、テープで固定をする。テキパキと治療をする婦長をさすが婦長だなあ、なんて呑気に考えていたら治療はあっという間に終わっていた。去り際に婦長は柔らかい笑顔でお大事に、と言った。そしてまたすぐ他の団員たちの怪我の手当てを始めた。いつ見てもここのナースとドクターたちは大忙しだ。







「フチョーってすごいよね」

「ふふ、ほんと。怪我したら絶対に医務室行かなきゃね」

「じゃないと怪我とは違う意味で痛い目に合っちゃうもんね〜」







二人で顔を合わせてケラケラと笑っていたら遠く離れた婦長がギロリと睨んだ。もしかして聞こえてた?鬼、降臨…!







「それにしてもこの怪我はどうしたの?」

「ああ、これね、自分の不注意なんだ」

「ふうん?」





珍しいと言いたげなリナリーの大きな瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返した。そんなリナリーの表情から何を言いたいのかすぐ解った。こういうこともあるよ。にこりと笑って答えてみせると細い指で額をつい、と軽く突っつかれた。…?なんだなんだ。不思議に思ってリナリーの顔を覗いてみると眉を下げて笑みをつくっていた。「油断は大敵、よ」ハイ仰る通りでございます。

神田の対アクマ武器、六幻って切れ味いいんだなあ。ガーゼ越しに患部に触れると鈍い痛みが襲った。そういえばまだ耳もヒリヒリとしている。









「神田って超エス級パワーだね」

「神田?確かに力強いよね。昔から神田は力あるなあって思ってたの」







(昔から?)
そう言ったリナリーにレナは小首を傾げた。







「リナたちは幼なじみだったの?」

「あれ…レナに言ってなかった?神田はレナより前に入団してきたって」

「ううん。私は一度教団を出る前から神田と会ったことないよ」






そうだ一度もないのだ、お互いエクソシストなのに。あきらかにおかしい。そんなこと絶対にあるはずないんだけどなあ。………多分。もしあたしがエクソシストではなく、ただの団員だったらまた話は別なのに。








「レナが帰ってきたとき神田に名前を聞いたりなんてしてたから、不思議に思っていたんだけどまさか会ったことがなかったなんて」

「…なんでだろう、ねぇ?」






よく解らない、けれど、そういうこともあったりするんだろう。………多分。エクソシストの人数も今より多くなかったから任務すれ違いが重なったとか、かな。多分。多分多分多分。

リナリーもきっと知っていて同然だと思ってたんだろうな。なんだか申し訳なさそうにするリナリーの頭を軽く撫でてあげた。リナリーは全く悪くないのにそんな表情をされるとこっちが申し訳ない気分になってしまう。

妙に深刻っぽい雰囲気だけど、ぶっちゃけてしまうとあまり気にしてはいないんだよね〜!神田と幼なじみだったことは少しだけ吃驚したけど。過ぎてしまったことはどうしようもないしなあ。まあいっか〜どうでも!







「きっとなんか理由があったんだよ。なんだっていいけどね!」

「ええっ。い、いいの…?」

「うん。全く気にしてないよ」






へらへら笑うレナにリナリーも釣られて微笑んだ。

近くで確認すればするほどリナリー大きくなったなあ。昔はもう少し幼かったのに。前も可愛かったけど三年経ってさらにきれいになったなあ。全く可愛いなあ。

……まるで妹の成長を見守っているような気持ちだ。コムイはこんな可愛いくて性格も良くてスタイル抜群で美脚な妹がいてるなんて、正直羨ましすぎて声も出ない。

神田は私が知ってる幼かったリナリーよりもさらに幼かったリナリーを知っているんだよね。…ヘエー。別に羨ましくなんて、ね、うん。羨ましいなんて思って、ない、よ…。ケッ、付き合いもさぞ長いんでしょうが大切なのは時間の長さなんかじゃない。信頼関係が大事なんだ…!それに私はリナリーの初めてのと、とととっともだちであって、なにより親☆友という素敵な称号がある。ビバ親友!ラブ親友!親友といえばすき焼きさ!







「というわけでリナリーあとですき焼き食べよっ」

「もちろんいいよ。楽しみだね」





何故、というわけが出てきたのか、すき焼きなのかはリナリーは特に気にせず突っ込みもしない。

ほらっ、すき焼きと好きをかけてみました!ウフフアハハと随分、仲睦まじげな様子で二人は医務室を後をした。