もうダメなのかもしれない。

あの日は雪がよく降っていて、とても寒い夜だった。寒くて寒くて、どうしようもなかった。だからだろうか、あの人から溢れ出る出血が酷く温かく感じた。










「レナ」






弱々しい声で自分の名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げた。息絶え絶えに弱々しく言葉を紡ぐ彼に、この人の人生に終止符が打たれるのも時間の問題だと心のどこかで悟っていた。





「全く、ひどい、顔ですね…。泣くなよ…」

「、わたしっわ、たし」

「君のせいじゃない、だから…泣かないで下さい」






横たわっている彼の体からは無残にも切り傷が大量に刻まれている。私自身、満身創痍の身体を引きずって彼の顔を覗き込む。

彼の躯の大きな傷からは止めどなく血が流れる。降り積もっている雪は彼の血のせいでゆるゆると溶けていく。血の量が尋常では無いのだ。



「(早く、医者に。このままじゃ…)」




出血多量、で。

それ以上は考えたくも無くて、私は唇を噛み締めた。だけど頭の隅ではもうダメなんだと諦めている自分がいたのは確かだった。








「すみま、せん」

「なにっが」

「君は優しいから、きっと自分を責めるでしょう」






私のことなんか今はどうだっていい。そんなことよりどうして自分の心配をしないのか。全部自分のせいだ。こうなったのは全て自分の責任なんだ。馬鹿だ、私は馬鹿だ、大馬鹿だ。ボロボロと涙を流す少女に男はにっこりと微笑んだ。







「君は笑ってる方が…素、敵です」

「笑えないよ、今は、そんなことどうだっていいよ」





そんな風に微笑わないで欲しい。最期の別れみたいなことを言わないで欲しい。謝るべきなのは私であって悪いのは私であって。

総ては自分が招いたせいであって。






「悪くなかった…ですよ、君と一緒に居て、」






途切れ途切れにそう問えば彼は小さく微笑む。ふと、彼の手がそっと私の頬に触れる。

「!、」





冷たい。この人の手はこんなに冷たかっただろうか。まるで氷を触っているような感覚だ。これじゃあまるで、死人のようじゃないか。











「レナ…、    。」

「な、んて?……ねえ、」







言葉を上手く拾えずに触れていた彼の手は重力に従い下がっていった。名前を呼んでも返事はしない、体は動かない。








「…っごめ、ん…ごっ、めん…」








彼の手を握りしめて何度も何度も謝った。許されないと解っているのに繰り返し繰り返し彼の名前を呼んでは謝り続けた。













Act.1
教団帰還