スズメバチに刺されるのは本当にごめんだ。少し脅す程度なら。胸ポケットから鉄製の扇子の形をしたイノセンスを出す。それを器用に開いてみせる。『風』の文字だけ中心部分に書いており、非常にシンプルな純白の扇子だ。

───イノセンス、発動。

発動と同時に扇子の色は水色と蒼色に変化する。イノセンスの特性で風が勢いよく吹く。瞬時にレナの身の回りに吹いてた風は刀のような形をする。

風刃。鎌鼬みたいなものだ。




「ほらほら斬られたくないでしょ。ハウス!」




脅しが効いたのかスズメバチは一斉に引き返す。なんて話の分かる蜂なんだ。死ななくて良かったよ。生きてて良かったよバンザーイ。
蜂を一掃しイノセンスを懐にしまう。なんだか疲れが一気にどっときたみたいだ。ついため息をついてしまう。しかもイノセンス発動したせいで、フードはとれて髪が乱れてしまった。くそうあのスズメバチめえ…。毒を心中に零せばふと視界に入るのは羽が付いた黒い球体。




「ありゃっゴーレムだ」





数体のゴーレムが私を監視するかのようにパタパタと飛んでいる。もしかしてコレでコムイ達見てた?なんだあ崖まで登って驚かしたかったのに見られてたら仕方ないな。ガッカリ、本当は驚かせたかったのに。




『レナちゃん?君は、一条レナちゃんかい?』




ゴーレムから懐かしい声が。誰かと思えばこの声は、コムイだ。



「メガネ久々」


『メガネってひどいよ!三年ぶりなのに…!』

「やーいやーい伊達眼鏡〜!」





まるで子供が好きな女の子をからかうように言い放った。ゴーレムからはコムイのすすり泣く声がする。コムイってば繊細ね…!泣き方がわざとらしいけど。





『一瞬誰か分からなかったけど、イノセンスの鉄扇で分かったよ』

「スズメバチのせいで発動しちゃった!」

『うん見てたよ、リーバー班長が凄くハラハラしててね』

『室長は面白そうに見てたっスけどね』

『うぎゃあ!リーバーだ久々だね!胃は平気?いい胃薬買ったよ!』

『(なんで胃薬?)あ、ああ悪いな…』





ゴーレム越しで話しながら歩いていたらいつの間にか門番の前に立っていた。

ああ門番もお久しぶりではないですかあ。





「よぉアレステ(略)門番、門開けなさい」

「略すなよ!」

「君の名前長すぎるんだよね。読む人も言うこっちも疲れるよ。だから早く門開けて!君の顔目に毒なんだから!ねっ!?」

「テメェ!アレンってやつの次にムカつく!」

「早くしなよカス!」

「誰がカスだ!!」




怒りながらも門を開けてくれるものだから素直じゃないというかなんというか。門を開けるのは門番の仕事だから当たり前のことだが、なんだか思考がズレてる彼女はいらない方向に思考を働かせていた。レナの視線の先に、見覚えのあるシルエットが見えた。

あれ、は。あのシルエットは。




「リナリー!」




門を潜ればそこには綺麗なツインテールを揺らしながら此方に駆け寄るリナリーがいた。

女神がいる。あたしの親友であり心の女神がいる。エル!オー!ブイ!イー!





「ラブリー!リナリー!」

「レナ、お帰りなさい!」

「ただいま!」




久々に会うリナリーを抱きしめられずにはいられない。それはもう力強く抱きしめた。ああリナリーいい匂いがするう女の子の匂いだ。たまらん落ち着く。これぞリナリーの匂い…!





「レナ、結果はどうだったの?」

「少しはまともにイノセンスを使えるようになったよ」

「ふふっ、よかった」




リナリーは口元に手を当ててにこにこと笑う。可愛いなあ。

鍛錬のこと、私自身が教団から一時離れたことを知っている人はリナリーを含めコムイとヘブラスカぐらいだ。コムイがうっかり話していなければ。




「レナが無事で良かったよ」

「心配してくれてありがとう。平気だよ」




リナリーの頭を撫でて微笑んでやる。リナリーが人を思いやるのは昔から変わらない。優しい子。コムイは本当にいい妹を持ったよね。



「三年たってもレナは変わらないね。すごく優しい笑顔だから安心するの」

「それは私の台詞ですー」

「ふふ、そうだったわ兄さんがレナを呼んでたから行きましょ?」

「はいはーい、行くからそんなに引っ張らないでよ〜」




無邪気に笑いながらグイグイとレナの腕を引っ張るリナリー。こんな可愛いのに力は強くなってるんだなあ。なんて呑気に考えていたけど意外と力がつよ、い…!こもっ…!いた、いたたたたっちょ、いだだだ…っ!





「あだだだだ!そんな急がなくても…!!」

「えっ、わ!ごめんレナ!」







…いいんだよ。とは言ったけど右腕はけっこう痛い。リナリーってばいつの間にこんな力強い女の子になったんだろう。暫く会わないうちに随分逞しくなったね。


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