崖を下るとアクマはここに来たときよりすでに半数以下になっていた。足場を確認するとたくさんのアクマの残骸がごろついていて歩きにくい。褐色だった土はアクマの血が混ざって辺り一面は斑に赤黒く染まっていた。あんなたくさんアクマがいたのに、仕事はやいなあ。レベル1とはいえ相当な数だったのに。……なーんて関心してる場合じゃない…!遅れた分しっかりやらなきゃいけない…!

よしっと意気込んでいると、ふと、足元には大きな影が映った。影を伝うように見上げればボール型のアクマ、レベル1が10体ほど浮上していた。こちらを見てにやりと笑ったかと思えば、ガチャリと金属音を鳴らし、ボディに付属している銃口が向けられる。






『きえろエクソシスト』




銃口がぎらりと光り、数体のアクマが一斉に弾丸を打ち放す。激しく鳴り響く銃弾が鼓膜を刺激した。音の激しさにレナは思わず顔をしかめる。

手に持っていた対アクマ武器、風花を発動すると、ヴンという音と共にイノセンスの色は真っ白から水色と蒼色へと変化した。発動と共にぶわりと彼女の身の回りに風が吹いた瞬時、幾十本の風刃がレナを取り囲むように出来上がる。






「消えるのはお前たちだけどね」






アクマに向かって風花を振りかざせば勢いよく風刃が向かう。ぴ、と弾丸ごとボディに切れ目が入ったと同時に爆風がアクマを襲う。爆風の圧力と高温の熱でアクマはなんとも歪な姿へと破裂した。

数体のアクマの残骸が重力に従ってばらばらと降ってくる。これが元は殺人兵器だったんだよ、ねえ。ばらばらに落ちているその様はなんだか壊れた玩具が崩れ落ちていくようだと思った。

まるで雨を見ているかのような目でレナはぼんやり眺めていると、残骸の雨の中、視界の端でなにかが光った。

アクマか。風花を構えると予想通り先ほどより数の多いアクマが飛んできた。わざわざ来てくれるなんて、移動しなくてもいいじゃんラッキー!先ほどと同じように風刃を作り出しアクマに差し出せば、ゆらりとレベル1の背後から人影が現れた。




「…お?」




見覚えのある姿に目を軽く瞬きする。するとその人影は刀を打ち振るうとの蟲型の剣気がアクマを襲う。派手な爆裂音と共に機械の残骸が足元に転がる。あたっ!残骸が頭にぶつかってちょっといたい!

レナは頭をさすりながら振りかざしていた風花をぱちんと閉じると、その人物は彼女を鋭い瞳で睨みつけた。






「いつまでもグダグダ話してんじゃねえよノロマが」

「神田見てたの?目いいなあ」





人影は神田ユウであった。神田はお決まりの舌打ちをして白木作りの形状をした日本刀、六幻をピッと振り払う。他人が聞いたら思わず眉根を寄せそうな神田の言動はレナは特に気にも留めている様子がない。むしろそれが嫌味だと気づいているのかも危うい。

ここからあの場所は案外距離があったのに神田の視力はいくつなんだろう。なんて、ぼやーんと呑気に考えていた。……ハッ!待て待て待て。見られてたってことはあの話、聞かれてたとかないよね!?大丈夫だよね!?神田がいいのは目だけだよね!?もし聞かれてたら…ウワアア、ジ・エンドだ。







「私裸踊りがんばるから、さ」

「何の話だよ」

「脱ぐのは抵抗ないけど裸踊りはさすがにキツいよ。でも神田が黙ってくれるなら、がんばるよ…」

「何の話だよ!」






神田の言う通りだ。いきなり裸踊りがどうのこうのなんて言われたら誰だってそう聞き返すだろう。彼女は話の切り返し方が突拍子すぎるのだ。カッと瞳孔を開いて神田は怒鳴った。返り血がべっとりついているせいか威力はいつもの二割増しだ。誰が見ても余裕で前科三犯とか持っていそうな顔つきだった。






「何の話って…、やっぱり聞こえてなかったんだ!良かった良かった。じゃ!」

「勝手に自己完結してんじゃねえ」

「え?気になるの?話さないよ!いくら神田でもダメダメ!」







立ち去り際にレナはなんとも軽いノリで返した。神田は彼女の返し方がうざかったのか鬱陶しそうに顔をしかめては重いため息をついた。







「神田は怒ってばかりだけど、笑わないの?」

「あ?」






しかめ面の神田を横目で見ていたレナはきょとんとした顔で尋ねた。笑うといっても鼻で笑ったり嘲笑うなど、人を小馬鹿にした笑い方ではない。自然の笑顔のことだ。気付いたけど、神田と初めて会ったときから彼が笑った姿は一度もない。まあ会ったばかりだからそんなに色々な面は見れないよ、なんて言ってしまえばそこで終わりだけど、さあ…。

どうしてそんなことを訊く、なんて言われたら困っちゃうけど。ただなんとなく単純に気になっただけだから特にね。






「さあ楽しそうに笑って」

「意味もなく笑えるか」

「………………どーお?」

「不細工な顔を向けるんじゃねえよ」





渾身の力を振り絞って変顔を試みたが不細工の一言で一蹴されてしまった。しかも鼻で笑いながら。あたしが不細工なわけないのに…。さすがツンドラ…、嫌いじゃないわ!

神田は本日何度目かの舌打ちをし、六幻をレナの首元に突きつけた。彼女は怯えもせず神田の目を真っ直ぐ見据えた。






「笑わなくても別に死ぬわけじゃない。お前の前では絶対笑わねえよ」






嫌悪、神田がレナに対する気持ちが瞳で表していた。口では嫌いだと言っていないが目が語っている。お前なんか嫌いだと。レナはそれに気づいてはいないのか目をぱちくりさせて「ふぅーん」と軽く返した。

首から伝うひんやりとした刀の冷たさが神田自身の冷たさを映しているような気がした。レナは閉じていた風花を開いて神田と同じように首元の近くに突きつける。神田はぴくりと眉根を動かし彼女を見下ろした。






「でもさ"絶対"なんてまだ解らないよねえ」






レナはへらりと笑ってイノセンスを発動させた。彼女の周囲の空気を巻き込んで風刃を作り出し、前方に凪払う。それと同時に神田は前に足を踏み込んで六幻を振り払った。

ボオオンッ!!神田とレナの背後にいたアクマはお互いの対アクマ武器で見事に破壊された。あまりに近くで壊したものだからびりびりと鼓膜を振動させる。この激しい爆発音に思わずレナは耳を塞ぐ。







「今のでラスト、かな?」





辺りを見渡すとアクマらしきものはいないようだ。随分離れた場所からアレンとラビが手を振っているのを見つけた。こっちは終わりましたよ、声は聞こえなかったけど口の動きからしてそう言っていた。

あ、やっぱりもうアクマはいないもんね。アレンたちに手を振り返すと首元にちり、っとした熱さを感じた。触ってみるとぬるりとした感触を覚え、それがすぐ血だとわかった。あららー…きっと神田が踏み込んだときにできた傷だろう。まあ傷口が浅くて良かったからいっか。







「あの程度を避けきることができない癖に元帥並みかよ。へらへらと緊張感を持たねえから下らない怪我をするんだ馬鹿が」

「ラビの悪口は言っちゃいけない!」

「テメエの話をしてるんだよテメエの。その耳は飾りか」






どうやら彼女は前半部分を聞いていなかったらしく、レナは自分のことを指していることだと気づかない。短気な神田はそんな些細なことでも苛立ちを隠さず、彼女の耳を思い切り引っ張った。

ギャア!そんな強く引っ張ると、ピアスがっ、引っかかって、いたい!マゾヒストな方なら大変気持ちいいんだろうけど生憎私はマゾヒストでもないからかなりいたい!いたい!いたい、って、ば…!!






「俺に触るとヤケドするぜ?って言いたいの!?この全身炎男!」

「訳分かんねえこと言ってんじゃねえ!脳無しが!」

「グワアアアぐいってすると耳とピアスがああああああ」






千切れ、る!一見細身に見えるのにパワーはエス級クラスだ。優しさの欠片もない引っ張り具合にレナは女らしからぬ声を出しながら痛さに悶えていた。するとこちらの異変に気付いたアレンが神田の手を止めてくれた。アレン、君の博愛が我が心に染みるわ…!

耳はちょっとヒリヒリして赤いし引っ張られたせいでちょっと耳が大きくなっちゃったけど、まあいっか!「何だよその耳!ダンボじゃん」ラビ、シャラップ!

アレンの肩をバシバシ叩きながら笑うラビに、アレンは酷く鬱陶しそうな顔を浮かべてその手を軽く払い退けた。







「任務もひとまず完了ですし帰りましょうか」

「テメエに言われなくても勝手に帰る。どけ」

「退いて下さいって言ったら退きますよ。むしろお前が退けよ単細胞」

「黙れ若白髪。テメエがどけが済むことなんだよハゲ」

「僕のどこがハゲですか?ああ?」

「将来的にハゲそうだろうが」






本日何度目かの交互に飛び交う言葉の架け橋を目で追いながら二人はまるで痴話喧嘩してるカップルみたい。仲睦まじいね〜!実はデキてんの?なんてレナはとんでもないくらい良い笑顔で言った。それを近くて聞いてたラビはレナは本当に頭が悪いんじゃないかと少し心配になった。









「神田、アレンのことどう思ってる?」

「コロス」







なん、と……神田は愛情が攻撃に出るタイプなんだね。ヒエエ!バイオレンス!と言ったらまた耳を引っ張られた。私の耳はもうダンボ以上です。いたい。






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