「行っちゃにきまってるじゃん」








…ウワアアアア大事なとこで噛んでしまった!これじゃあ動揺していることが丸わかりじゃないか!

ひくりと頬を引きつらせて瞳を双方にぎこちなく泳がせると、ラビのニヤついた顔はより一層笑みが深くなる。なんてことだ。






「お前分かりやすいなー」

「なんのことかな。わたし全く分からない」

「目ぐりんぐりんに泳がせすぎ。動揺してんの丸わかりさ」

「そんなことなかろう!拙者の目をとくと御覧あれ!」

「いやあ本当に分かりやすいさあ」







ぽんぽんと頭を叩きながら喉で笑うラビ。そんな彼を見上げながら冷や汗を流した。こ、これは完全にバレている…。上手く隠しきるどころかバレバレじゃないの!大体どこでこのことが洩れてしまったんだろう。本当に極少数の人間しか知らないはずなのに。

先ほどから首元に回されていた手が離れたかと思えば、突如、ぐりんと顔を両手で挟まれラビの顔と対面するような形になった。互いの呼吸を感じるほど近いことがわかる。翡翠色の隻眼がすごく愉しそうに見えたのは気のせいではない。







「何で知ってるかって?そりゃあコムイが言ってたからさ」

「なにぃ!?あれほど秘密って言ったのに!」

「なんさ本当に長期任務じゃなかったんか。すげえこと知っちまったな」







にっこりと太陽を思わせるような笑みで笑うラビに、私はまんまと嵌められたことに気が付いた。ラビは初めから鎌をかけていたのだ。

な、なんて奴だ…!ブックマン一族侮り難し!いまいちブックマンがなんなのかよくわからないけど侮り難し!……とりあえずコムイ、お前ラビに話しただろこの馬鹿眼鏡!とか疑ってごめんなさい。ちゃんと約束は守ってくれてたんだね!馬鹿は私でした。私の馬鹿クズアンポンタン!

いや、今はそんなことどうでもいい。ラビにバレてしまったこの現状をなんとかしなくては。迂闊だったかなりの迂闊だった。





「あー、らびー、さん。あのー、ですね」





ぐるんぐるんと目を泳がせながらレナは頬を掻く仕草をする。ラビは彼女が何が言いたいのかなんとなく解ったらしく、ああっと声を出した。








「安心しろよ別にバラそうなんて思ってな「わかったよ!服脱ぐから許して!」

「間に合ってる間に合ってるノーセンキュー!…って話聞けよ。俺は言わな「じゃあ全裸になるから許して!」

「話を聞けっつーの」







ラビは両手でレナの口をぐいーんと開かせる。おぶぶぉ…、喋れない。至近距離で大声なんか出すから耳がキーンとするではないか。ラビの手を剥がすように口端から無理矢理離した。痛い、耳と口端が。

大体、話を聞けって、そんなの聞きたくなんてないよ…!きっとさっきみたいにニヤニヤした顔でみんなに言ってやろうかなあー、どうしようかなー。なんて言うに決まってるんだ!だったら何としてでも黙って貰わなきゃいけない。身体を張ってでも黙秘してもらおうではないか…!

レナが話を聞かずに自分のペースに持って行くのは、もはやデフォルトなのかもしれないとラビは思い始めた。任務そっちのけで話し込んでいる彼らを神田が気づいたら盛大に怒鳴られそうだ。否、絶対に怒鳴るだろう。








「あのなあ、俺は黙ってるって言ったんさ」

「え?バラさないの?」

「喋って欲しいなら喋るけど」

「脱ぐから許してよおおおお」

「それはもういいっつーの!まあレナがどうしても脱ぎたいって言うなら脱いでもいいぜ」







ウワア!なんていい笑顔だ。別に脱ぎたくて脱ぎたいわけじゃない。黙ってもらいたかったからだ。内緒にしてくれるなら脱ぐのはやめやめ。んもう思春期さんは困ったものだ。

それにしたって特訓のこと黙ってくれるのは本当にありがたい。ラビありがとう、なむなむ。






「バラしはしないけど、どうして長期任務に行ったなんて嘘ついてんの?わざわざコムイまで使って」






ブックマン一族ゆえ、興味のあること知りたいことはとことん追求する。他人からしたら訊きづらいことまでズイズイ質問してしまうのは、ブックマンJr.の名前を掲げているラビの性質なのだ。







「いや〜それは海よりも深く山よりも高い理由がありましてですね。ラビにはまだ言えないんだよ、ねえ」

「まだってことはいつか話すってことだよな。じゃあその日を楽しみにしてるさ」







肩を軽く叩かれ、崩されることのないラビの明るい笑顔をレナはなんとも間の抜けたような顔で瞳に映していた。

…ちゃっかりしている。でもまだ、なんて言ってしまったあたしが悪い。くそう、私の阿呆。

シンクロ率のときもそうだったけどラビは自分が知りたいことって遠慮なしに見える。知りたい知りたい!っていうその性格というか性質は、なんだか浮気疑惑が浮上している彼氏を怪しんでいる面倒くさい彼女のようだ。もしラビがそんな彼女だったら浮気疑惑がある彼氏に「アンタ今日はどこに行ってたのよ!」「この女物のピアスは何!?」なんて訊いてしまうタイプだろうか。ワア、面倒なタイプー。

想像とはいえ、勝手にラビの人物像を作り上げて咎められていることは勿論彼は知る由もない。



─…「オレラビね。ブックマン一族なんさ」



(…あ。)

初めて会ったとき、ラビは言った。自分はブックマン一族だと。ブックマンが何をするものか解らないけど、ラビがこんな性質なのはそれに関係しているのかも、しれない。







「ねえラビ。ブックマン一族って、なに?」







興味本位で訊いてみれば、ラビは器用に槌をくるくる回しながら「言ってなかったっけ?」と零した。







「ブックマンは歴史の傍観者。裏歴史を記録していき、それを後者に繋いでいく者さ。」




にっこりと先ほどと全く同じ笑顔なのに、どことなく違和感を覚えた。目が、笑っていない。彼の隻眼がなんだか無機質な水晶玉のようにみえたのを見逃さなかった。(…なんだ?今の)

僅かだったが、確かに見た。目が笑っていない彼を。







「よし、遅れた分さっさと行かねえとな」






ユウやアレンに怒られちゃうさー。そう言って崖下を見下ろすラビは今まで通り、何ら変わりのない明るい笑みをしていた。彼の言葉にレナがぼんやりしながら軽く頷く。





「引き止めて悪かったな。レナもしっかりやれよ、元帥並みさん」






ひらひらと手を振りながら、ラビが崖を下っていく姿をぼんやりしながら見送っていた。

くそお、一緒に行ってくれたっていいじゃんか…!ぽつんと一人残された私は軽く頭を掻いた。ラビってば随分と飄々しているよね。修行のこともバレちゃったし案外いい性格をしていることがなんとなく解った。

それにしても、




「…冷たい目だったなぁ」




もったいない。
心中で呟きながら私も遅れながら彼らの後を追った。