「冗談だからイノセンスしまえよ!な?」

「あの女本気にしてんじゃねえか!」

「親睦会楽しみだね神田」

「良かったですねレナ。あれは神田なりの喜び方ですよ喜びが怒りに表れる面倒なタイプなんです」

「へえ〜変わってるね〜!」

「んなわけねえだろ!」






クソモヤシと馬鹿女が!そう言った直後、刃の矛先がラビからレナに向けられる。アレンはレナを庇うように前に出て白刃取りで六幻を受け止めた。それを見たラビは紳士だねえ。と感嘆の声を洩らした。

端から見たら何とも騒がしい限りである。幸いこの一室が教団貸し切りだから良かったものの、もし他の乗客がいたら思わず席を立つであろう。






「女性にイノセンスを向けるのはどうかと思いますが」

「いい子ちゃんぶりっこが」

「刀振るなら任務地にして下さいよ」

「今の私を庇ってくれてたんだね。自分を刺してくれ!っていうマゾ行為かと」

「思考のズレ方がもはや犯罪ですね」






ズレてる?
レナは怪訝そうな顔をして首を傾げた。このズレようは天然ではなくただ単に少し頭のネジが外れ掛かっているだけなんだろうか。

六幻を抜刀してた神田は何故か謎舌打ちをして鞘に収めた。ちょっと何で今舌打ちしたんですか、と喉まで出掛かったが任務前に体力を消耗するのはごめんだったので言葉を飲み込んだ。
鞘に収める姿をまじまじと見ていたレナに口にはしなかった神田は何だよと目で訴える。その視線に気づいたのかああ、と声を洩らす。








「神田のその刀とラビのハンマーってイノセンスでしょ?やっぱりエクソシストは装備型が多いと思って」






彼女は神田の六幻に指を指した。アレンの隣に座っているラビは「これはハンマーじゃなくて槌さ」と自身のイノセンスを彼女に見せた。レナは槌を手に取って興味深そうにあらゆる角度から見ている。

僕たちエクソシストは寄生型が数少なく装備型が大半だ。そういえば寄生型のエクソシストって出会ったことないなあ。





「レナも装備型?」

「うん。あと、一応寄生型でもあるよ」

「え、まじで?」

「まじで」

「質問。レナはイノセンス二つ所持してんの?寄生ってどこに?どんな武器?」






急に目の色を変えて一気に質問をするラビにレナはさして気にもせず顎に手を添え、んー。と考え事でもするかのような仕草をする。






「心臓に寄生してるんだけどそれが全く発動が出来なくて。だから武器というか無意味に寄生してるだけだよ」

「何さ、それ。そんなこと初めて聞いたぞ」

「コムイやヘブラスカも良く解らないみたい。まあ生きていく上で支障はないから別にどうだっていいんだけどねー」






はっはっはーとまるで他人事のように笑う彼女。どうでもはよくはない気がしますけどね。本人がいいならそれでいいですけど。

装備型と寄生型の両方、か。イノセンスを二つ所持してるエクソシストなら師匠がそうだから大して驚きはしませんがレナの場合は寄生型の発動が出来ない。師匠に言ったら絶対面白がるだろうなあ。や、待てよ。師匠はもしかしてこの事をとっくに知っているのもしれない。きっと会ったことあるだろうし。








「アレンも寄生型でしょ?」

「えっそ、うですけど、僕言いましたっけ?」






僕がそう言うとレナは首を横に振った。




「武器らしきもの持ってないし左手だけ手袋してるからもしかしてそれがイノセンスかなって」

「ああ、はい正解、です」





ズレてる方だと思っていたのに鋭いところもあるのか。と心中に呟いてアレンは少し驚きの色を浮かべながら頷けば、話を聞いていた神田が小声で「正解って何だよ」吐き捨てた。明らかアレンを馬鹿にしているであろう言葉だ。嫌味でも言ってやろうかと思ったけどここで僕が言い返せばまたいつもの言い合いになるだろう。それじゃなくてもレナのペースに巻き込まれて軽く疲れているというのに、これ以上任務前に体力使うのはごめん被りたいので言い返すのはやめよう。そうしよう。その様子を見ていたラビは、珍しく大人しく引き下がった彼にほおー、と感心した。


何だか先ほどから左手にちくちくと突き刺さるような視線を感じたアレンが顔を上げると穴が開くのではないかというほどレナが手を凝視をしていた。見間違い…?試しに左手を右に動かしてみる。彼女の視線が右に動いた。さらには左に動かせばそれに合わせるように視線は左に動く。なんてわかりやすい。見間違いなんかではなかった。

ラビや神田のイノセンスを興味深げに見ていたのだから、きっと僕のイノセンスも見たいんだろう。






「手袋外しましょうか?」

「いいの?」

「そこまで凝視されると見せないわけにはいかないでしょう」






アレンは眉尻を下げながら微笑んだ。手袋を取れば十字架が埋め込まれ皺が幾つも刻まれた見慣れた赤い手が晒される。「どうぞ」と手を差し出せばレナはアレンの手を両手で包み込むように触る。顔を近づけてみたりぐにぐに触ったてみたり皺に沿うように撫でたり、色々と僕の手を弄る彼女をまるで子供みたいだな、と小さく笑った。







「僕のこの腕、生まれつきなんですよ」







アレンの言葉を耳にしたレナの指先はほんの一瞬だけ動きが止まった。「…ふうん」と声を零せばまたすぐに彼の弄り始めた。

寄生型に興味があるようだったからつい、いつ寄生したかなんて口を滑らしていた。何も話さずにイノセンスを夢中に弄るレナを見るなり、しまった興味無かったかな。と右手で口元を押さえた。

僕は気づいたら他の人と自分の腕が違ったことに気づいた。それがイノセンスだと知ったのはもうちょっと先の話だ。確かマナが亡くなった頃だったかなあ。うーん、と頭を捻っているとレナが顔を上げた。









「じゃあ色々苦労もあったでしょ」






にこりと微笑みながら真っ直ぐな瞳でレナはアレンを見つめる。銀灰色の瞳は驚きの色に変わった。

苦労、?この左腕が原因、で?

ああ、そういえばこの腕が原因で実父に捨てられたんだった。記憶喪失で行くあてもなかった僕を座長が引き取ってくれた。けど決して座長は優しい人ではなかったし、あそこのサーカスにいたほとんどの人間も僕を見向きにもしなかった。そうだ、僕を殴って鬱憤を晴らす奴もいたよなあ。あそこにいる辛かったけど、でも当時幼かった僕はどうにもできなくて。

そうか苦労か。苦労してたのか僕は。アレンは視線を膝に落とし両手をきつく握る。まだレナが触れていた左手からはじんわりと温もりが伝わった。伝わった温もりからよく知った姿を思い出す。

うんでも、

──「キミはアレンの友達だったんですね…」

でも、あそこでマナに会えた。苦労もあったし辛いこともあったけど悪いことばかりじゃなかった。大事な僕の義父。アレンはレナに添えられている手を見ながら義父とよく手を繋いでいたことを思い描く。下を向いていたから誰にも表情は解らないが、アレンは随分穏やかに微笑んでいた。

ふわ。ふと、手が浮上する感覚がして頭を上げるとレナがアレンの左手の甲に唇を寄せていた。






「…はっ!?」






先ほどの穏やかな表情は何処へ行ったやら。アレンはあんぐりと口を開けている。何がどうしてこうなっているのかさっぱりわからない。アレンはただ驚くしかない。否、アレンだけでは無い。ラビも一瞬だが目を丸くした。

ちゅ、キスをしたと思えばレナの赤い舌がぺろりと十字架を舐めあげる。今起きている状況をやっと理解出来たアレンは左腕に負けないくらい真っ赤な顔をしながら力づくで手を振り払った。女性に優しいアレンがこんな雑に手を振り払うなんて相当動揺していたのだろう。





「なな、な、にを!してるんですか貴女は!!」

「何ってキスだよ」

「だか、ら何で急に、そんな!」

「何でってアレンが落ち込んでいるように見えたから励まそうかと」

「はあ…?」






アレンは別に落ち込んでなんかいなかったが、下を俯いている姿をレナが見たときそれが彼女に落ち込んでいるように見えたのだろう。

紛らわしく見えたなら僕にも非がある。でもやり方というものあるだろう。落ち込んでいる相手の手に、キ、キスするなんて。

まだ羞恥で赤い顔のアレンを神田は「ハッ気持ち悪い」と罵り、ラビは「アレンはウブだねえ」なんてからかい混じりに言いのけた。勿論アレンは否定するが実際顔が赤いので全くといっていいほど凄みが無い。



「落ち込んでないの?」

「ないですよ!」

「そっか。それなら良かった」





へらりと表情を崩すように笑われると何も言えなくなる。この人は、狡い。白髪を綺麗だと言ったり手に口付けしたり。どこでそんな発想が生まれるんだろう。大体手に口付けするのは男性が女性にする役割であり女性からはそんなことはしない。大体手にキスって、もしかしてレナはフランス育ち?

いや、やっぱり思考がズレているから考えることが普通の人と違うということにしよう。







「アレン手袋しねえの?」





ラビに指を指され気づいたが手袋は外したままだった。アレンはああー…と言葉を濁す。







「はい、今はこのままでいいんです」







少しだけ照れ臭そうにアレンは微笑んだ。やり方はどうあれ、励まそうとしてくれたのは本当はすごく嬉しかったんです。

左手を撫でる仕草は自分でも驚くほど優しかった。




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