「ここに来たってことはレナも任務ですか?」

「うん。もしかしたら一緒の任務かもね」








ああ予感が的中しそう。しかも話聞いてたユウが切れそう。ああ面倒なことになるなよ。どうか今回の任務が穏便に終わりますように。そしてコムイ、早く来い。合掌のポーズをしているとそれを見ていたレナが「ラビくん何か辛いことでもあったの?よちよち」なんて抜かすではないか。…こ、この野郎。

すると噂をすればなんとやら。慌ただしく開かれたドア先にはラビ達が待っていた人物が入ってきた。







「いやーごめんごめん。待たせたね」






謝っているものの悪びれた様子は一切感じられないのは、気のせいではないなとラビを始めその場のエクソシスト達は感じた。






「何か用事でもあったんですか?」

「ああ、さっきレナちゃんのシンクロを計ったときにヘブラスカと少し話し込んでいてね。随分時間が経っちゃったんだ」

「そんなん入団時に計るもんだろ、何でまた計る必要性があるんさ」







さらりと口を滑らすコムイにレナのへらついていた表情は思わず固まった。(おいおいおいコムイの馬鹿…!何でそこで任務に行ってたことを疑わすような事を滑らすかな!)

純粋に疑問を抱いたラビはすぐさまコムイの発言を疑問に思い指摘した。レナが長期任務を行っていた設定をさらさら忘れていたのであった。しまったと、顔を歪め自分の迂闊な発言に激しく後悔した。





「あーっと、ね、あの…あれだよラビ!私がコムイに頼んだんだ。何だかここ三年間でイノセンスとのシンクロ率が上がった気がして、それで無理言って計ってもらったわけ!ねっコムイ」

「そ、そうそう。三年も経てばシンクロ率も変わるし、長期任務もこなして来てくれていい機会だったからついね!バシバシ計って来たんだよ!ねえレナちゃん」

「うん、そういうことなんですよラビ君や」







コムイの失言にぺらぺらと弁舌にフォローを入れるレナ。あながち嘘では無いが本当とも言い難い。明らか動揺している二人の様子にアレンや神田は怪訝そうに首を捻った。

そんな彼女たちより人一倍感のいいラビは「ふーん?」と疑いの眼差しを掛けるがそれ以上の詮索はしなかった。







「まあいいや。で、いくつだったんか?」

「普通みんなが訊かないことをラビはよく訊いちゃうんだねえ」

「わざわざ自ら二回も計りに行ったなんて余程自信があったんだろ?興味あるさ」







詮索を止めたのはあくまでシンクロ率を計った理由だけであったみたいだ。

レナはラビの言葉を聞いて瞬時、好きで計りに行ったんじゃないのよラビくんや。なんてことを思ったがそんなこと言ってしまったらせっかくの弁明が無駄になってしまうので、レナは喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

ラビという人間は"ブックマン後継者"という立場のせいか、どうも一度興味を持つと知りたい気持ちが失せるまで訊いてくるしつこいタイプだ。そんなラビの性格を知っているアレンは肘でラビの体を小突いた。デリカシーがないですよ、とアレンの瞳が言っている。

だがレナ本人は別にラビの言動を気にしている様子は全く無く、寧ろアレンの心配は皆無であった。







「そんな知って面白いもんじゃないと思うけど94%だよ」

「…へえ、ほぼ元帥並みなのな」

「レナちゃんはこの三年でイノセンスの扱いが上手くなったよね。シンクロ率がその結果だ」







乱雑に散らかっているテーブルの資料をまとめながらコムイは言った。ふうん、一見阿呆そうにみえるエクソシストだけど実力は意外とあるもんなのねえ。どうも俄かに信じられないけど嘘を言ってるようにも見えないし。まあいいか、もうどうでも。ラビは知ったことで満足したのかレナのシンクロ率に対する興味は薄れ、頭の片隅にしまうことにした。

それを聞いていたアレンはラビと同じく、何処か驚いたような表情を浮かべてレナにシンクロ率をどうそこまで上げたのかと質問をした。するとレナはうーんと唸り出したかと思うと急に真顔になった。







「私の靴を舐めてくれたら教えてあげてもいいよ。はい」

「真顔で何をほざいてるんですか」

「靴が嫌なら足でもいいよ、興奮しちゃうなドキドキ。はい」

「結構ですって。足近づけるの止めてもらえませんか」






足でいいよと言いながらちゃっかり靴も一緒に差し出しちゃってるではないか。こういう趣味の持ち主な方なんさコイツは。女に紳士的なアレンでも流石にこれには雑にレナをあしらった。




「足きれいだから安心してよほら!」


足俺の方に向いてる超こっち向いてる。

え、なにホラって。俺がやれってこと?っていうかアレンに舐めろとか言ってたくせにおかしくね。色々突っ込みたいことは多いが自信たっぷりすぎるだろ。…いやそれはどうでもいい。
とりあえず足臭いとかそういう問題じゃねえよまじで。俺にそんな趣味はない。

アレン、黙ってないで何か言ってやれよお前が蒔いた種だろ。このネジが外れたようなピンク女をなんとかしてやれよ。

睨むように視線を送るが綺麗に瞳を逸らされた。……こいつ。






「いつまでもグダグダやってんじゃねえよクソモヤシ!おいテメェコムイ、遅れてきたんだから早く本題に入れよ!」

「そうよそうよ!いつまでもワイワイ遊んでるんじゃないわよ!任務前なのよ!」

「お前よく言えるねそんなこと」






さも自分は関係無いかのように言い放ったレナだがほぼ百パーお前が原因だということに気付いていないのか。いやそれともわざとか。

隣ではクソモヤシと言われたアレンがクソは君ですよクソクソパッツンが、と言い返す。それを聞いたユウは黙っているはずがない。死ねよ似非紳士やなんちゃって侍など、なんとも幼稚な言葉が行き来している。コムイ笑ってねえで止めろよ。


そんなケンカの中、しゃがみ込んでもたもたと靴を履くレナの姿は酷く滑稽に映った。(履くの遅くねえ?)疑問に思って覗いてみればパンプスに付属している足首のストラップが上手く付けられないみたいだ。え、ぱちんって留めるワンタッチ式だろそれ。何で出来ないんさ。

普通の人間なら簡単に着けることが出来るストラップなのにレナはスカスカと凸と凹が上手くはめられない。力ずくではめてみる、だが出来ていない。

(……いくらなんでも不器用すぎる)

見かねたラビはレナと同じようにしゃがみ込んでストラップへと手を伸ばす。ぱちん、いとも簡単にストラップは着けることは出来た。






「ほーっラビって器用なんだね〜」

「出来て当たり前、お前が不器用すぎなんさ。リボン結びも出来ないだろ?」

「出来るよそんくらい。コブ五連くらいになっちゃうけど」

「それ出来てないからな」






ストラップのワンタッチさえ、上手くはめる事が出来ないんだからリボン結びなんて上級技だろうねコイツからすれば。

しゃがみ込んでいた体勢から腰を上げるとズボンをぴん、と引っ張られた。引っ張った本人を見下ろせばへらりと微笑いながら「これ着けてくれてありがとね」とストラップを指差す。笑ってると別に普通なのになあ。






「お喋りもそこまで、本題に入るよ。今回はこの四人でルーマニアの北部でアクマの破壊をしてもらうよ。今あそこはアクマの密集地でね、徐々に東部まで侵食していってるんだ。これ以上アクマの侵食を増やさせない為に手っ取り早く任務をこなして来て欲しい」

「イノセンスの確保は?」

「今のところその情報は入ってきてないよ」






アクマの破壊だけならこの人数だし苦労せずに終わらせることが出来るだろうな。ただ油断は出来ない、レベル1だけなんてことはないだろうし。






「今回はファインダーはいないけど大丈夫かい?」

「なんとかなるよ地図とコンパスさえあれば!」

「君は帰還したばかりだから無理はしないこと」

「らじゃー。ではそろそろ行きますかね愚民共」

「愚民はテメエだろふざけんな」






鋭いユウの突っ込みを目の当たりにしながら色んな意味で今回の任務は面倒そうだとラビは悟った。ああリナリーがこの任務にいてくれたらまだ楽であっただろうに。早く終わるように光の速さで終わるように。

いつものようにコムイに見送られながら、馬車でも余裕で走れそうな廊下を地下水路へ向かいながら歩いていく。

淡紅色の髪を揺らしながら前方を歩くレナはアレンと楽しそうに談笑している。その姿を後頭部に手を組ながら後方で観察するかのようにラビは見ていた。

一条レナ。シンクロ率94%といった元帥並みの力を持つエクソシスト。ラビはほんの僅かだが彼女に疑心を抱いていた。先ほどのシンクロ率についてコムイとの会話のとき、何でコムイは"しまった"なんて表情をしたんだ。それに二人のあの焦りよう、何をそんなに焦る必要があった?レナ自身なにか隠していることでもあるのか?

次々と浮かぶ疑問にラビは傍観者として一条レナにふつふつと興味が沸き始めた。ブックマンとして記録出来るものは記録しておかねえとな。これからが楽しみさ。

思わず緩んでしまうラビの口元に横を歩いていた神田が「何笑ってやがる」と視線を送る。「いやあ?別に?」視線に気付いたラビはおちゃらけた様子で受け流す。






「あ、そうそう俺ユウに訊きたいことあるんさ」

「手短にしろ」

「お前レナのこと苦手だろ?初対面より態度悪くなってるぜ?」







レナやアレンに聞こえないボリュームで訊いてみた。一瞬ぴくりと動く眉にラビは思わず「やべえ、」と思った。テメエには関係ねえ、なんて言われるのが落ちだろうか。まあ何となく気になったものだから質問しただけだ。











「勘違いしてんじゃねえよクソウサギ。苦手じゃなくて大嫌いなんだよ」












神田は嘲笑しながら言葉を吐き捨てた。…あー、これはまた。昨日レナと何かがあったんだろうなあ。レナを見る限り本人は気付いていないみたいだけど。ユウとレナ。この二人、なんだかこの先拗れそうさねえ。

軽快な足取りで廊下を歩くラビの姿は神田の瞳には何処か愉しそうに映っていた。

(さあ任務さ、)




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