コムイを励ますように背中を思い切り叩いてやれば呻き声と苦痛に耐えるように顔を歪めた。不謹慎だけど苦痛そうな顔は嫌いじゃない。寧ろなんか好きな部類に入るかもしれない。







「コムイの痛がってる顔、すてき…はあはあ」

「悦ばないでレナちゃん!すごく痛いんだから!鼻血も出そうとしない!」







冗談……ではない。
至って本気よ私は!その気になれば鼻血を三メートルほど噴射されることも出来るかもしれない。

コムイは突如何かを思い出したかのように声を上げる。首を傾げていると満面の笑みでこちらに向かってくる。やだなんか不気味。









「シンクロ率も計り終えたところだし君に任務を任せるよ」

「オッケー」

「じゃあ先に司令室に行ってくれ。今回の任務は少しばかり大人数だから、他の子達はもう司令室にいると思う」

「そんな厄介な任務なの?」

「そういうわけじゃ無いけど出来れば早く終わらせたいでしょ?」

「まあ」






大人数って言ってもエクソシスト自体そんなに数は多くない。だからコムイの言う大人数でも精々5、6人だろう。アクマの量に対して人数が明らか少ない貴重なエクソシストを今回の任務でそんなに派遣するなんて、難しい任務じゃなければ相当急ぎの任務か。

だけどにこやかにコムイを見る限りそんなに急いでいるようにも見えなかった。まあいっか、さっさと終わらせれば。レナはヘブラスカの間を後にして司令室に向かって行った。

レナが去っていく後ろ姿をコムイは目で見送った後、手すりに身を任せるように寄りかかった。








「シンクロ率は元帥並みか」

「ああ…正直私も驚いている」

「僕もだよ。まさか94%まで上がるなんて思っても無かったし」






レナの場合、心臓のイノセンスがシンクロ率を妨げるせいでシンクロ率は上がりにくい。その為相当の努力が必要だろう。それをやってのけた。彼女は努力の天才か、そう思わずにはいられなかった。

コムイは無表情で手元にあるレナのパーソナルデータを見つめた。







「ヘブくん、もしかしたら彼女が臨界者になるのは時間の問題かもしれない」

「…それは」

「僕の憶測だけどね」







彼女を買いかぶりすぎかもしれない。けれど可能性は十分にある。

コムイはレナが異質だと以前から思っていたのだ。イノセンスを二つ所持していることにも驚いたが、二つ所持しているのならクロス・マリアン元帥もそうだ。だがクロス元帥の場合はちゃんと両方のイノセンスは発動している。彼女は違う、寄生しているのに何も反応しない、ただ寄生しているイノセンスがあることが異質だと考えた。








「ハートの可能性も無いこともないかもねえ」




眉尻を下げたコムイの独り言にヘブラスカは何も言えなかった。







△▼








──司令室


「ふぁー…おせーなコムイの奴」

「欠伸が移るのでしないで下さい」

「だってよアレンーオレ昨日ほとんど寝てないんさー」

「それは自己責任なのでしょうがないですね。ははっドンマイ、としか言いようがないです」






緋色の髪に眼帯が特徴の青年ラビは大きく欠伸をした。それを彼の横で見ていた白髪の少年、アレンは彼を年上だと思っていないのかラビに対する敬意が若干欠けているのは気のせいでは無い。そんなアレンにラビは少し腹を立てつつも自分がアレンよりも"お兄さん"なので怒りを言葉に出すのを止めた。内心オレまじ大人。とか思っていることはアレンは知る由もない。

紙で埋め尽くされた床に視線を落としてラビは教団に来てから何度目かの疑問が浮かんだ。
(ここは本当に司令室かよ、汚ねぇなー)
人のことは言えないが、ここ司令室はどうしてこういつも汚いのだろうか、片付ける気などさらさら無い証拠だな。まあオレも人のこと言えないけど。

頭の片隅でそんなことを考えながら、彼らを司令室に呼び出した張本人をソファーに腰掛けながら待っていた。呼び出されてから随分時間が経つが奴は未だ現れない。無意味な時間が流れ、沈黙が部屋を包み込むがそれを破ったのは一つの舌打ちだった。







「チッ、いつまで待たせやがる」







神田ユウだ。

壁に寄りかかりながら、先程から苛立ちを隠せていない彼は何度か舌打ちをしては眉間に皺を幾つも刻んでいた。女からすればこの男はせっかく整っている顔なのにこれでは台無しだと誰もが思うだろう。男の俺からすれば至極どうでもいいことだけど。

顎に手を乗せてはまた一つ欠伸をかみ殺す。本なんて読んでないでちゃんと寝ておけば良かったと今更ながら後悔した。早くコムイのヤツ来ねえかなあ、このままだと寝ちまいそうさ。

暫く呆としていると廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえて来る。一瞬コムイの顔が浮かんだがあいつの足音はこんなに騒がしくはなかった。じゃあ誰が──、

バンッ

乱暴に開いたドアに注目すればそこには一人の女が立っていた。






「教団の超絶癒やし系美少女アイドルのおでまし…ぐぶあ!」






こちらに向かって歩き出そうとした際に自分の足が引っ掛かって彼女は固い床と激しくこんにちはをした。

うわ、すげえ痛そう。

床と挨拶をした長い淡紅色の髪が特徴的である女は昨日教団に帰ってきたエクソシストであった。昨日初めて会ったとき思ったが、彼女は良く言えば無邪気で元気。悪く言えばうるさい黙ってろ、そんな両極端の印象を俺に植え付けていった。

淡紅色の髪色の女は倒れていた体を起き上がらせて鼻をさすった。「うおおおお昨日も鼻打ったのにいい」唸るように喋る彼女に昨日も打ったのかよ、と思わず突っ込みを入れたくなった。

アレンは席を立って淡紅色の女の前で膝を着いて大丈夫かと手を差し伸べた。相変わらず紳士的な奴さ、ぶっちゃけ俺にももっと優しくしてくれてもいいんじゃねえの。似非紳士と言いたくなったが後が怖いので自分の中で留めておこう。そんなアレンの行為に女はへらりと笑って大丈夫だと答える。







「よおレナ、昨日ぶり」






身体をアレン達に向けてお得意の笑顔を浮かべてラビは一条レナに挨拶をした。すると彼女は昨日と同じように人懐っこい笑顔を俺に向けた。







「昨日ぶり、肉団子さん」

「お前腹減ってんの?」





屈託のない笑顔で人を肉団子と呼んだ女。誰と…いや、何で肉団子と間違えるんだよ。髪か?髪がそう奴に見えさせたんか?心底納得がいかない。個人的にレナに悪気は無く言ったと思いたい。レナの側にいる白髪の男は表情こそ見えないものの肩が震えているのが丸わかりだ。おい、笑いたきゃ堂々と笑え堂々と。






「おはようございますレナ。これは肉団子では無くラビですよ」

「これってお前ね」

「おはようアレン。うんラビね、知ってるよ。ちょっとした悪ふざけ!」





悪ふざけにしても人を肉団子呼ばわりするのはお前だけだよ。せめてそこは忘れた素振りでも見せろ。肉団子と間違えられた俺の気持ちも考えろ、普通に吃驚したつっーの。

レナに伝えたいことは色々あったが、出掛かった言葉を飲み込んだ。俺って結構我慢してるわまじで。いや本当大人偉い偉い。






「あ、神田おはよ!何でそんなところで一人突っ立ってんの?椅子に座ればいいのに、…あ!まさか罰ゲームか何か?それって楽しいの?」






レナは怪訝そうな顔つきで首を捻る。わざとそういう態度をとっているつもりではないだろうけど、ユウのこめかみの青筋が俺の位置からでもはっきりと見えた。これはかなり怒っている。

ねえレナさん何でそんなに挑発的なの、これから俺ら機嫌の悪いユウと任務行くことになるんだぜ。いやお前は関係ないかもしれないけどさ。いや、待てよ…何でここにレナがいるんだ。なんか嫌な予感するけど司令室にいるのはもしかして任務か?まさか俺らと同じとことかないよな。お前がいるとユウを挑発するから機嫌が悪くなるんだよ。しかもアレンもいるからダブルでユウの怒りを買うことになるんだけど。

不安を胸に抱くラビにレナは気にも止めず、ユウを挑発することは飽きたのかコムイ来ないねえ、とアレンに話しかけた。なんて自由な奴なんだろうこの子。