レナはひとつ伸びをしてさあ寝よう。とベッドに腰掛けたときふと、あることに気づいた。入団して何年か経つが彼女の隣の部屋の住人が誰かということだ。今まで考えたことも無かったし気にしてしたことも無かったのだが気になるらしい。大体教団にして何年も経つのに不思議なことに隣人とは会ったこともないのだ。

エクソシスト?科学者?それともファインダー?いやその前に男だろうかそれとも女だろうか。一度浮かんだ疑問は確かめないと気が済まない性格のレナは、途端に隣の住人が誰なのかうずうずし始めた。

私の部屋は一番右端だから右隣はいない。つまり隣は左隣さんしかいないということだ。でもその左隣の住民って誰だ。






「よし行くか」







余程隣が誰か気になったのだろう。眠気なんてすっかり無くなってしまい好奇心が大いに勝った。今のレナは楽しみを見つけた子供と一緒だ。思いついたらすぐ行動、それが私、一条レナである!

自室を出て隣の住民のドア前に仁王立ちし、とりあえずノックしてみた。




コンコンコン

「……」

返事はない。




コンコンコン

「………」




またも返事はない。
どうやら隣は留守のようだ。

え、まさかの留守。なんでいないの、せっかく挨拶しに来たのに。いやもしかしたらこの部屋誰も使ってないとか。…ありえそう。今までも隣の人見かけたことなかったしきっと使ってないのかもしれない。そんな…まずは隣人から仲良しにならないといけないのに…。あれか?居留守を使っているのか?

居留守を使う意味はあまり無いとは思うが結果、レナの中で隣人は居留守を使っているという結論に至ったらしい。すると徐にドアを叩き始めた。






「ちょっとちょっとお隣さーん!アンタがいるの分かってんだよー!分かってんなら大人しくドア開けようかー!居留守はいけませんよー!イノセンスでドア開けられたくないでしょー!?」




チンピラの取り立て屋の如くドアを乱暴に叩いている。力が強いせいかドアが少し変形している。挙げ句扇子の型をしたイノセンスを取り出す羽目だ。






「無視ですかー!?ねえ無視ですかー!?」

「うるっせーんだよ!」



バアンッ!!

「ギャア!」





勢いよく開かれたドアに顔面を思い切りぶつけてしまった。ウオオオアアアお、でこ、痛い…!!…というかやっぱり居留守使ってたのかい!

痛むおでこをさすりながらキッとドアを開けた張本人を睨みつけてやる。顔打ったせいで顔がよく見えないけど。






「あっ、だああああ…!!私のビューティフルフェイスに傷、が……って、あれ、君は確か神田ユウ?」

「ああ?…テメエさっきの」




だよね。このサラッサラのとゅっるとゅっる黒髪のポニーテールの髪型に目つきが悪い東洋人であろう人物は先ほど会った神田でいいんだよね。怒ってしまったあの後神田は自室に居たのか。いや、それよりお隣さん神田だったんだ。奇遇だなあ。

ぽかんとするレナを余所に神田はレナの顔を見るなり苦虫を潰したかのような顔をした。そしてドアを閉めようと静かにドアノブに手を掛けた。




「おいおいおい!ちょっと待って無視はいけない!お待ち!!」




神田は力ずくでドアを閉めようするが、それを阻止するかのようにドアの間に手を入れて無理矢理開かせようとする。

…ミシミシミシ

ドアは双方の力によりかなり軋んでいる。壊れるのも時間の問題だ。







「チッ離せ!馬鹿力女が!」

「馬鹿力って失礼な!可憐な乙女よウフッ」

「気持ち悪ぃんだよ!テメエ何が目的だ!」

「えっただ私の部屋の隣の住人は誰かと気になっただけだよ!で、それが神田だったから偶然じゃん!運命じゃん!っていうのを告げようかと!」






彼女の言葉を聞くなり神田は「なんだと…?」と呟いて目をカッと見開きドアノブから手を離した。加えられていた力がいきなり無くなかったのでレナはバランスを崩して前にのめり込んだ。神田はそれをひらりと交わしして彼の隣の住人であるレナの部屋のドアを力強く開けた。本当に彼女の部屋であるのか確認したのだろう

そしてレナは本日二度目であるドアに顔をぶつけた。






「あだだだだ…っ、ちょっと神田さんや。それ覗きだよ全くこれだから思春期さんは」

「黙れクソアマ」






人でも殺せそうな眼力で神田はレナを睨んだ。艶やかな黒髪の間から覗くこめかみには青筋が立っている。初対面での彼女の印象が神田にとって最悪だった為、隣の部屋だと聞いて苛立っているんだろう。

そんな神田の態度に対してレナは特に気にしてはないようだ。へらへらと神田の神経を逆撫ですることばかりを発言している。どうやら彼女は普通の神経ではないらしい。






「まあ、お互いエクソシストであり部屋もお隣さんなんだからこれから仲良くしようよ!そんなツンケンしてないでさー」






ねえ?とへらりと笑いかけるレナに神田は一つ鼻で嘲笑った。それに反応した怪訝そうにレナは首を傾げる。





「仲良しごっこなら他でやれ。教団はそんな遊びの場じゃないんだよ。お前みたいな危機感を持たねえ甘い人間が俺は一番嫌いだ」








失せろ馬鹿女が。
語尾にそう付け足しレナを見下ろした後、自身の自室のドアノブに手を掛けた。誰に対しても冷たい神田だがレナに対しては他者より一層冷たい態度だ。彼女の性格が神田の癪に障る、それ故気に入らないのだろう。アレンとはまた違った意味で彼女を毛嫌いしているようにも感じられる。

神田が部屋に入る直前、彼女は彼の名前を呼んで引き止めた。レナを蔑むような神田の眼力はピリリとした緊張感が周囲に放たれる。だがそんな雰囲気にも拘わらず彼女はにいっと唇を弧にした。








「確かに教団は遊びの場じゃない。でもここはホームなんだしホームにいる人と仲良くしたいって思うのは当然だと思うんだけどなー」






同じエクソシストで部屋も隣なのにお互い無関心のままってつまらないと思う。こんな風になったのもきっとなんかの因果かもしれないし。まあまあ適当に仲良くしておきましょうよ。

突き刺すような視線なんてお構いなく弁舌に告げれば神田はチッと打ちをした。






「そういう考えが甘いって言ってんだよ」






バタンッ
力任せにドアは閉められその場にはレナだけがドアの前に取り残された。

あーあ、また怒らせてしまった。そんなつもりは無かったし怒ることでもなかったと思ったんだけどなあ。きっと神田はカルシウム不足だね、今度小魚くれてやる。隣の住人を確かめに行ったのは失敗だったかな。クソ、美青年と仲良くなりてえ。とか邪な気持ちがいけなかったか…チッ。

レナは神田に言われたことはさして気にも止めず、凝りもせずドア越しで神田の名前を呼んだ。当然中からは本人が出てくるはずがない。







「これからよろしくね」







返事はもちろん無かった。けど言いたいことは言えたし隣の住民が誰か分かってすっきりしたや。さて用も済んだし今度こそ寝よう。

レナは欠伸を一つして自室へと足を運んだ。






▲▽









ドア越しで聞こえるレナの声を無視し、苛立ちを隠せない神田は乱暴にベッドに腰掛けた。はらり、書き途中である報告書が足元へと落ちていった。

…あの馬鹿女、人が報告書を書いてるときに馬鹿みてえにドア叩いて邪魔しやがって。あんな女が隣にいたなんて俺は聞いてない。

神田の部屋の隣は元々空き部屋であったが三年程前から、部屋を移ったレナがあの自室を使用するようになったのだ。だが彼女はこの三年間、教団に内密にしていた修行へと出ていた為あの部屋を使用することは殆ど無かったのだ。だから神田と会うことも無かった。

足元に落ちた報告書を拾い集めてるとき、ふと気づいたことがあった。

アイツ、あの女と今まで顔を合わせたことが一度もなかった。いくら三年前にアイツが長期任務へ出ていたとしても、その前に入団していれば一度くらい会っていていいはずだ。エクソシストであるのに係わらずお互い何も知らない。ましてや任務も一緒に行ったことがない。それは普通に考えて"おかしい"ことなのだ。







「まさかコムイの奴が…」






そう仕向けたのか、今まで?もしそうなら今も隠し通すはずだ。解らない、単なる偶然にしては出来すぎている気がするがな。

ここまで考えて神田はこれ以上の推測は時間の無駄だと悟った。







「三年前、か」







あの男が死んだのも確か三年前だった。雪が降っていたあの日、あいつが死んだと告げられた。

顔は覚えてないが血で濡れた奴の躯を抱えて来たのは確か、自分と同じくらいの年齢の、女…──。






「…チッ」






過去を振り返るなど自分らしくない考えにまた苛立ちがぶり返した。馬鹿らしいくだらない。今更死んだ人間なんざどうでもいいだろ。

神田は筆を持って報告書の続きを綴った。胸に残る蟠りを残したまま。






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