「レナさんって今回の任務大変だったらしいですよねー」

「そ、そうだね」

「噂ではアクマを手懐けたとか聞くしな」

「え?」

「ああ!後ノア達と直接対決したとか!」

「え?ドア?え?」

「オレ千年伯爵に会ったとか聞いたな」

「は?は?はあ…」







な ん だ っ て え ! ?
私はそんなこと知らない。そんなことやった覚えがない。なにその噂、なんか怖い。

第一アクマを手懐けるってどういう意味。改造アクマじゃない限りあたしにそんな芸はない。手懐けるくらいならその前に破壊するわ。そうボーンッと!ド派手に!





「やっぱり噂は本当だったんだ!」

「ほんとすげぇっスよレナさん!」





一度も肯定なんかしてないのに何か勝手に勘違いされてるー!しかも話聞いてくれない、一条レナ完全スルーだ。というか、ノアと直接対決って言うけどノアってあのノアの一族か?いやいやないないないない。アリエナーイ。

しかも千年伯爵に会ったってそれこそガセネタだ。私は一度たりとも伯爵に会ったことも無いし見たこともない。鍛錬先で一緒だった元帥から聞いた話では伯爵はデブだっていうのなら知ってるけど、それ以外何も知らないよわたくし。

誰よそんな噂流したの。無駄にハードル上がっちゃったしいい迷惑だよ全く。





「ついでにそれ誰から聞いたの?」

「コムイ室長っス!」





コ ム イ ー ー ! !

きっと修行のこと内緒にしたいが為、そんなこと言ってしまったんだろうけどつくならもっとマシな嘘をついて欲しかった。それを信じるファインダー達もすごいな。純粋かよ!






「君はピュアピュアボーイね……」

「えっ?」






疑問に思うファインダーを余所に、コムイのついた嘘に突っ込みを入れた彼女はなんだか疲れがどっと来たみたいなのか軽くうなだれた。重い溜め息をついて彼らに「私の自室分かる?」と訊くとファインダーのうち一人が彼女の部屋の場所を知っているらしく丁寧に教えてくれた。お礼を述べるとファインダーらは「お疲れ様です!ゆっくり休んで下さい」と、いい笑顔で返された。その言葉に疲れていたレナだがついつい口端が緩んでしまう。

ホームっていいよなあ。







▲▽







着いた。やっと自分の部屋にやっと着きましたよおおお。親切なファインダー達と別れてからかれこれ一時間と二十四分、三秒かかって自室に着いたよ!これで寝れるぜイエエエエイ!!

自室が見つかったことが相当嬉しいのか、ドアの目の前で悶々としている彼女はやはり端から見たら変人同然だ。先ほどは誰もいなかったからまだ良かったが今は科学班の団員が何人か立ち話をしている。よく見ると怪訝そうに顔をしかめて彼女を指を差しながら「あれってレナだろ?」「変な動きしてるけど」「そうだな三年経っても変だよなー」と、ヒソヒソと話している。

だがそんな言葉は今のテンションの上がった彼女には通用しない。ぱちりとレナと科学班の瞳が合ったとき彼女は親指を勢いよく立てながらウインクをした。

グッジョッブ。

何故そんなことをしたのかは本人しか分からない。謎すぎる彼女の行動に科学班たちもたじたじだ。直ぐに目を逸らし早急にその場から立ち去って行った。





「ふふ!照れ屋さんなのかな!」





照れている気配など全く無かったのだが彼女からすると照れているように見えたらしい。とんでもないプラス思考の持ち主だ。弛緩した顔でドアノブを引いた。

キイ、金属の音が耳管を通る。自室は三年前と何らか変わりは無かった。本棚に囲まれた部屋。本棚に埋め尽くされているのは殆ど形式科学で使うような数学の本ばかりだ。昔から形式科学だけは好きでそればかり読んでいた。数式を解くのは好き、公式や定理さえ覚えれば簡単に答えなんて導けるものだ。数学以外はからっきしだし読書も好きじゃないけど科学者じゃないから頭悪くても問題ナッシング。
本棚の一番下にはアルバムが何冊か存在していた。そしてベッド付近に小さなテーブルとイス。そしてソファー。自分の部屋、シンプルできれいだった?もっとゴミが散乱していた気がするんだけど。
埃ひとつつも落ちて無いのは、きっとリナリーが部屋を掃除してくれたんだろう。世話焼きが好きなリナリーのことだ。きっとそうだろう。後でちゃんとお礼を言わなきゃ。今は少し身体を休めたい。

緊張がほぐれたせいか、疲れがどっと身体を襲う。レナはため息をひとつ吐き出してソファーに身を任せた。

カシャン、とポケットの中からチェーンで括られた指輪が床に落ちた。
あ、これ。
何よりも大事な嗜好品だ。この三年間どんなときでも肌身から離さず持ち歩いていた物だ。指に嵌めてもいいと思うけど任務先とかで無くなったら嫌だから、嵌める事無くただ持っていた。元々私のものではないのでサイズが合わないので嵌めることなんて出来ないんだけど。床に落ちた指輪を広い上げそれを眼前に出す。




「 」



指輪の持ち主である彼の名をぽつりと小さく紡いだ。

もう一度名を呟くと広い部屋に響くことなく消えた。なんだかなあ。いくら彼の名前を紡いでももう反応してくれない、答えてもくれない。今はもう、いないから。







「また、ここでがんばる」






あなたの分まで頑張りたい。指輪を優しく握って顔を上げると、壁に貼ってある数枚の写真に目がいった。少し幼いわたしと彼が写っている。

預けていた体を起こしてその写真に映る自分と彼に愛着が沸き、思わず笑みを零した。うん、頑張ろう。