※トリップヒロイン








数ヶ月前、変わった女を拾った。城の前で奇妙な格好をした女を捕らえ話を聞いた所、女はこの時代の人間では無く未来から来たと言う。

初めは命欲しさの戯れ事だと思うていたが、身に纏(マト)っている服装や女の生きていた時代の話を聞けば、どうやら冗談を言うてるようには見えなかった。
行く宛ても無い女を好奇心からか、城に住まわせてやる事にした。


その女の名はなまえと言う。









「……今宵は随分と冷えるな」




誰が居るわけでもないが、縁側から見える数多の星を見上げ呟いた。季節的には晩秋だが肌寒さ故冬の訪れを感じさせる。

肌寒さのせいか、少しばかり温もりが恋しくなった。小十朗に火鉢でも持って来させようか、だが火鉢では温かくなるまで時間がかかる。

──さて、どうしたものか。


「あ、あの政宗さん。起きてますか…?」





襖越しに響く柔らかな声。この声は…なまえか。調度良い、寝付くまでわしの話し相手となってもらうか。







「起きておる、入れなまえ」

「あ、はい失礼します」






静かに襖を開けて頭を軽く下げた。わしは隣に座るよう視線を送った。それに理解したらしく、なまえは正座をして隣に座った。







「何かわしに用でもあったのか」

「え、いや用とかじゃないんですけど…」

「無いけどなんじゃ」

「あ…の…眠れ、なくて」






…わしと同じか。

なまえはすみません、こんな時間に迷惑ですよね。眉尻を下げて呟いた。






「気にしておらぬ、わしもお前と同じよ」

「政宗さんも眠れなかったんですか?」

「ふん、昔を思い出して寝れなくなっただけじゃ」








お前を拾ったときの事をな。その事は口にはせず、閉まって置いた。

なまえを見遣れば瞳はわしを映しておらず庭に向けられた。






「そう…なんですか」





いつもと違う態度に違和感を覚えた。部屋に入って来たときも浮かない顔をしていた。

なまえがそのような態度を取るときは何か良くない事があった場合だ。






「何があった」

「え?」

「わしの部屋に来たのは眠れない理由だけでは無かろう」

「………、それは……」







言葉はそれで途切れてしまった。庭に向けられていた顔は悲しそうに歪められ、膝に置かれていた拳を握りしめていた。







「…無性に政宗さんの顔が見たく、なって」

「何故じゃ」






淡々と言葉を返せばなまえは言葉に詰まる。あのだの、そのだと無意味な言葉を繰り返す。

えぇい!さっさと言わぬか!

そう言ってやりたい気持ちを抑え、なまえの返事をじっと待った。









「昼間、小十朗さんにお話を聞いたんです…」

「…話?」

「あの…、政宗さんの幼少時代のお話…を」



「何だと……?」






少し怒り混じりの声でなまえの顔を睨みつけてやれば、なまえは申し訳なさそうな顔をした。

わしは不快気に眉間にしわを寄せ舌打ちをした。

小十朗め、余計な話をしおって。








「聞き出したのは私なんです。小十朗さんは悪くありません…」

「…………」

「……すみま、せん」

「謝るくらいなら聞くではない」

「っ…すみません」







顔を歪めて謝る。

元よりわしは病により右目を失い、実の母親に疎まれ育った。周りからは哀れみの目で見られ生きていた。その事が当たり前になっていた。

だが昔の話じゃ、もうどうでも良いわ。









「…貴様も同情したのか」

「どう、じょう……?」







嘲笑うように吐き捨てた台詞になまえは反応してそっと言葉を紡ぐ。

奴の瞳は見開く。









「あぁ。哀れだと思うたのか」

「違います…そんな事、」

「違わぬ。可哀相だと思ったのだろう」

「政宗さん、私の話を聞いて下さい」

「話など聞かぬ」








何を今更話を聞くという。

母親に愛される事を望んでいたのにそれは許されず、厄介者扱いをされた。伸ばされた手は追い払われ、忌み、嫌われていた。

温もりが欲しいと思うのは間違いなのか、抱きしめられたいと思うのは許されぬ事なのか。

ギリ、

少し昔を思い出すだけで病で見えなくなった右目に痛みを感じた。










「辛かった、ですね」





にこりと、壊れそうな悲しい顔で微笑んだ。



「今まで苦しい事を我慢してきたんですね」

「な」

「そうやって政宗さんは自分の気持ちを押し殺して堪えてきたんですね……」

「何を、言って、」





思いもよらぬなまえの言葉にただ瞳を丸くした。次第になまえの顔に壊れそうな笑みから泣き顔へと変わった。

何故、辛いなど分かったような事を言う。

何故そのように思う。

何故、
お前が泣く……───。






「…ぅっ……ヒック、」

「……泣くな」

「ごめん、なさ」

「謝るな……」






ボロボロと涙を流し、それを拭っている手は涙で濡れていた。奴の手を掴み代わりに指先で涙を拭いてやる。

掴んでいる手を強く引っ張り、倒れ込んでくるなまえの体を抱きしめた。

力強く、抱きしめた。






「…ック、まさ…むねさ、ん?」

「もう、よい…」

「…?」

「もう、十分じゃ…」

「まさ」

「お前がわしの為に泣いてくれた、それだけで救われる」






涙を流した人間など、今まで誰一人居なかった。何故わしの為に泣いたかは分からぬままだが。








「…同情でも哀れみでもございません」

「……なまえ」

「貴方は私にとって掛け替えのない人だから、」






悲しい想いをさせたくないんです。今まで我慢した分、たくさん泣いて下さい。

腕の中で声を震わせながら確かに届いた奴の声。







「…馬鹿め……。誰に物を言っておる…」

「政宗さん…」




「……馬鹿…めっ…」






なまえの存在を確かめるように力強く離れぬよう抱きしめ、なまえを胸板に押し付ける。

なまえはわしをあやすようにの背中に手を回した。

左目からは温かい物が静かに流れた。わしは久々に人前で涙を流した。






同情でもなく哀れみでも無く、ただ貴方の為に何かしてやりたかったのだ。

(貴方の苦しむ姿は見たくないんです)
(今日は存分泣いて下さい)






FIN

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