「政宗さま見て下さい紫陽花がこんなに綺麗に咲きましたよ」






目眩を覚えた。動悸も激しく酸素すら上手く吸えない、まるで病のようだ。露滴る紫陽花を見てはこちらに笑いかける彼女に、自身の頬が熱くなると同時に思わず表情が強張る。

しとしと雨が降る水無月の上旬、庭の紫陽花は色鮮やかに咲き誇った。しゃがみ込みながら紫陽花を鑑賞するなまえに政宗も彼女の近くでそれを眺めていた。










「綺麗ですねえ」

「、ああ…そうじゃな」






愛しむような表情でなまえは長い指を紫陽花にそっと触れる。

…綺麗なのはお前の方であろう。左様な事をうっかり口を滑らせてしまうところであった。人を魅了するような奴の仕草や笑みはわしの鼓動を速めるのに十分すぎるのだ。それだけではない、奴の総てがわしを虜にさせる。いつまでも奴を見ていたいなど想わせる。こんなにもなまえに惚れていることに自分でも驚きだ。

奴はわしがこの様な想いを抱いているなど微塵も思っていないであろう。







「なまえ、そろそろ中へ入れ風邪をひく」

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですよ、傘も差しておりますので」

「…だが折角の召し物だと云うのに裾が汚れておる、一度着替えると良い」






政宗の言葉になまえは着物くらい良いのです。そう、やんわりと彼の気遣いを断った。

政宗は困ったように眉を下げ言葉を濁した。確かに傘を差し、今日の雨は春雨だ。風邪をひく確率は低いであろう。だが裾や足元が汚れている彼女を見ると低い確率でも心配になるのだ。






「私のことなんかより政宗さまは一国の殿に御座います。政宗さまがお風邪を召される方が余程心配です」

「馬鹿め、風邪で床に伏せる程わしはか弱くないわ」






見上げる彼女にふい、と顔を背ければなまえは小さく微笑いながらそれもそうでしたね。と柔らかな声が政宗の耳管に通る。美しい音色の三味線を聴いてるかのようにそれは至極心地よかった。

立っていた政宗は彼女を真似て隣にしゃがみ込んだ。同じ目線になれたことが嬉しく思ったのかなまえは政宗に、にっこりと微笑んだ。








「幼い頃、紫陽花は萼が花弁だと思っていたのですが、本当の花はこの小さいやつなんですよね」

「ああ、一見萼が花のように思えるがそうらしいな。こう見ると花が萼に負けているように思えるわ」







わしがそう返答すればなまえは首を横に振ってそうではないと否定した。






「紫陽花の萼は確かに美しいです、ですが萼は萼。花に見えても花にはなれないのです」

「ほう…?」






なまえの変わった返答に政宗の隻眼は興味深げに彼女を捕らえた。







「世を紫陽花に例えますと…天下を手にした家康様が一見花に見える萼。政宗さまは萼に目が行きがちの花に御座います」

「…つまり?」

「関ヶ原合戦後、形として世は家康様の天下でございます。ですがその中身を作るのは政宗さま…貴方様です」








なまえは凛とした表情で政宗を見据えた。傘を肩に支えとして預け政宗の左手を両手で握る。突如の行動に政宗は驚きの声を上げ思わず傘を落としてしまった。






「ば、っ」

「政宗さまの作る天下、私は近くで見たいのです」







恥ずかしそうに頬を紅く染めたなまえと呆けた政宗を余所にしとしとと止まぬ雨。政宗は雨に濡れることなどお構いなしだ。心配したなまえが自分の傘を政宗に差し出すが、それすら反応出来ぬようだ。彼女の言葉が政宗の頭に木霊する。激しい目眩と動悸が再び政宗を襲った。

これは、期待しても良いのだろうか。なまえもわしと同じように想っているなど勘違いしても、良いのだろうか。

なまえは懐から絹の手拭いを取り出しそれを政宗の頬へ滑らした。少しだけ指先が彼の頬に触れる。それが合図だと言わんばかりに彼女の身体を引き寄せた。驚きを隠せない彼女は傘を手放してしまった。ふわりとなまえの香りが鼻孔を擽る。









「まっ政宗、さま、傘が」

「近くじゃ許さぬ」

「え?」

「隣で見ていろ、」






耳元で囁くと彼女は恥ずかしそうに「、はい」と返事をしては紫陽花に負けぬ笑みを零した。その笑顔に釣られて政宗もはにかむように笑うのだ。

紫陽花の葉から露が一つ、地へと吸い込まれた。








fin.

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アンケート第一位
べた惚れ政宗