三国と戦国が混ざり合ってから随分と時が経つ。綺麗に晴れ渡る青空の中、次の戦の作戦を考えている軍師、司馬懿が机に向かっていた。心なしか彼は苛々しているように見えた。

その姿を女狐と評判高い遠呂智軍の参謀、妲己が面白そうに様子を見ていた。苛々している軍師とは裏腹だ。








「…何か御用でも?鬱陶しいのですが」

「えーべっつにー?司馬懿さん頑張ってるなぁって思ってただけよ」

「用が無いなら出て行って貰えますかね」






はっきり言って非常に邪魔極まりない。ただでさえ作戦が思い浮かばず苛々していると言うのだ、出て行って欲しい。

妲己は何を言う訳でも無く私の様子を見ているだけだ。何だと言うのだ、気持ちの悪い。







「ねぇねぇ司馬懿さんってなまえちゃんのこと好きでしょ?」





ぼた、


筆から墨が垂れてしまい、これから使おうとする紙を汚す。

こ、この女…決して知るはずも無い事を何故コイツが知っているのだ…!危うく反論の言葉が出てしまうところだった。動揺している事に気づかれぬよう平然を必死に装う。








「フ、フハハハハ!な…何を言っているのだ馬鹿め!!誰があんな愚かで阿呆な凡愚小娘なんぞ!」

「へぇー凡愚小娘ねぇ」

「かのような凡庸な小娘、名前で呼ぶ必要も無いわ!」







筆を乱暴に机に叩き付け、妲己を横目に見れば奴の目線は扉に映している。その視線を辿ると先程名前で呼ぶ必要も無いと言い放った自分の補佐官が書を持って立っていた。

思わず表情が固まる。








「お話中すみません…。あの、曹丕様に書をここに運んで欲しいと…」

「ありがとーなまえちゃん、適当に置いていいわよ」

「は、はい」






開いた口が塞がらない。動揺で気持ちが揺れ動いてる中、必死の思いでなまえを目で追った。まさか先の話、聞かれていたのではないか?愚かだの阿呆だの凡庸だの、動揺を隠す為とはいえ言い過ぎた。

いや待て、いつもなまえには似たような事を言っているから今更気にも止めていないかもしれぬ。

視線に気づいたのか一瞬目を合わせるが即座に目を逸らされた。

(…んなっ!!)






「でっでは行きますね」

「寛いでいいわよ。私用事思い出したからもう出てくし」

「でもっ」

「司馬懿さんがなまえちゃんに話したい事があるんだってー。聞いてやって?」

「え、あっ妲己さん!」

「頑張ってねぇー司馬懿さん」






バタンッ

なまえの呼びかけも虚しく、わざとらしい理由で部屋から出て行った。頑張ってでは無いわ大馬鹿め!私に何を期待しているのだあの女狐っ。

腹の中で悪態をつき、小さく溜息をついた。なまえの様子を伺えば慌てて顔を逸らされた。奴は目を合わせようともしない。

理由は分かっている。先程私が馬鹿みたいに目の前の好いてる人間を侮辱したせいだ。全ての原因は私にある。










「申し訳、ありません」









突如謝る彼女に反応出来なかった。何やら彼女は情けない顔をして目を双方に泳がす。







「苛立たせて…すみません」

「…、」

「役に立てなくてすみません」

「っ、」

「私…昔から要領が良くなくて…」







次第に声が小さくなり、語尾さえ聞き取りにくい。どこと無く声が震えている。

このような事を言って傷つかせたいと思っていたはずは無かった。動揺を隠すだの下らぬ理由で彼女を傷つかせ、あまつさえ泣く手前まで追い詰めてしまった。そんなつもりは全くなかったのだ。

ここで謝罪せねば一生彼女は私を避けるであろう。そんな事になったら妲己だけで無く、子桓様まで馬鹿にされてしまうであろう。


「ふん、仲達よなまえに嫌われたか」


奴はそう嘲笑うに違いない、こうも容易く想像出来てしまう自分が憎い。このような事が起こる前に今の私に出来る事は彼女に謝罪することだ。








「…なまえ、」

「愚かで阿呆で凡庸で何も取り柄も無く、人一倍無駄に暗い私なんて生きてる価値が無いって司馬懿様に言われても仕方ないです、なんで私生きてるんでしょうね死ねばいいのに」

「んな!?後半部分は言った覚えが無いわ馬鹿め!」

「馬鹿……。そうです私は馬鹿なんです、何をしても失敗ばかりする大馬鹿者なんです。どうしようもないですよね、本当、私死ねばいいのに」

「ち、違うわ!自虐的になるではないわ!!」



何が間違ったのか異常な程奴は否定的だ。こちらが後ずさる程の根暗ぶりだ。自分を守る為に吐き出された災いがまさか彼女のこのような一面を知るよしもない。

おかげで謝罪する機会を逃したではないか!馬鹿m……、くっ…阿呆め!!








「司馬懿さま、」


「…」

「貴方は私がお嫌い、ですか?」








今日初めて彼女と目を合わす。弱々しい声とは裏腹に、瞳は射抜くように私自身を捕らえる。

見上げる、そんなふとした仕草さえぐらりと気持ちが揺れ動く自分に自嘲したくなる。






「…しばい、さま…」







くっ…捨てられた子犬のような目で見上げるではないわ!

全てが無意識、それ故に質が悪いのだ。軍師と讃えられてる私がこんな小娘に翻弄されるなど不快極まりない。

極まりない…が、惚れてしまった弱みなのか突き放す事が出来ない自分に腹が立つ。

見上げられていた瞳から逃げるように顔を逸らし羽扇で顔を覆う。








「嫌いなら貴様みたいな凡愚を側に置く愚かな事はせぬわ!」








捨て台詞のように吐き出して荒々しく椅子に座った。謝罪などもうどうでも良くなってきた。羞恥で気が狂いそうだ。

少し離れた所でなまえは小さく微笑んだ。その笑みは安堵のようにも捉えられた。







「良かった…、司馬懿さまに嫌われたらどうしようかと…」

「…忘れろ馬鹿め」


「良かった…本当に良かっ、た」








奴は涙を目に浮かべてふわりと笑ってみせた。その表情を目に入れた瞬時、腕を引いて抱き寄せて無理矢理押し倒してしまいたい衝動に駆られた。

目の前で微笑む彼女は私の心情を知る由も無い。







愚かな天才

(いかがなさいました?)(なっなんでも無いわ!ち、近寄るな!)




END

= = = = = = = = = =
アンケート第4位
翻弄される仲達も悪くない。


.