物心がついたときから私は両親に忍びとして育てられ、主の剣(つるぎ)となり、盾となりなさい。それが貴女の幸せです。そう教わって今まで生きてきた。

忍びが主の為に命を落とすことは本望な訳で、当たり前のことだと思っている。つまりいつ死んでも可笑しくない。

それ故、忍びに恋愛感情など必要は無い。ずっと自分に言い聞かせて来たのに、ここ最近どうも私自身何かおかしいのだ。

主である政宗様を見ると胸が苦しくなる。息が上手く出来なくなる。動悸も激しくて顔なんてまともに見れないのだ。







「やはりこれは恋愛感情、なのでしょうか…?」

「……そんな事を聞く為にわざわざ城へ押しかけて来たのか、なまえ」






目の前に座っている方は直江兼続さん。差し出されたお茶を口へ運んだ。何故私が越後にいるのか。
それは政宗様の命令で越後に用があった。それを済ませて奥州へと帰ろうと思ったら、兼続さんと城下街で偶然会ってしまった。政宗様と兼続さんは仲があまりよろしくない。むしろいがみ合っている。つまり政宗様は兼続さんを好いていない。という事は政宗様の敵。政宗様の敵は私の敵。

兼続さんは別に怒らせても私には害の無い人間。







「今、とても失礼な事を考えていなかったか」

「…………………………………………いえ全く」

「間があったのだが」

「気のせいでしょう」





さらにもう一口お茶を口に運ぶ。このお茶は美味しい。政宗様が好きな味だ。







「で、兼続さん。質問に答えて下さい」

「そんなこと山犬に直接聞けば済むだろう」

「山犬言うんじゃねぇですよ馬鹿め」

「なっ…不義だぞなまえ!!口癖まで山犬に似るなど!!」

「だから山犬って言うんじゃないって言ってるじゃねぇですか」




苛立つ気持ちを抑えて兼続さんを睨む。

兼続さんに質問した私が間違いだった。しかし今は誰でもいいから話を聞いて欲しかった。本気で悩んでいて困っていたものだから。

政宗様に抱いてるのは恋なのか、それともただの憧れ故、か。

もしこんなに悩んでいなかったら、兼続さんになんて絶対に相談しない。何て言うかしたくない。うるせぇですし。

でも今は誰かの意見が聞きたい。だから相談した。






「それは恋だと思うな」

「…やはり…そうなのですか」




最悪の展開だ。
私はため息を盛大についた。






「もしこれが恋だったら、困るのです」

「何が困るというのだ?」

「忍びには恋愛感情など必要無いのです」





こんな感情、戦には邪魔になってしまう。余計な感情が足を引っ張ってしまう。

政宗様の重荷となってしまう。

兼続さんを見上げれば顎に手を沿え何か考えている様子だった。






「邪魔かどうかはなまえが決めることなのか?」

「は?」

「邪魔だ、などそれは山犬が決めることだ」

「…邪魔に決まっているでしょう。忍びが主に恋心を抱くなんて、聞いたことございません」


これからどうしよう。恋だと分かった以上、政宗様にばれないように普通に接するなんて難しすぎる。あの人は妙に勘がいいからすぐに分かってしまうかも。

よく考えてみれば普段の私の態度は政宗様にばれては居なかっただろうか。

ああ、こんな所でいつまでも居座っていては政宗様に帰りが遅いと怒られてしまう。一刻も早く帰らなければ。

頭の中は不安で一杯だ。


「む、帰るのか」

「・・・・ええ。兼続さん、あまり参考になったかは曖昧ですが一応お礼は言っておきます。ありがとうございました」

「普通にお礼を言って欲しいのだが」





呆れつつも兼続さんは私を心配してくれた。あまり気に病むなと。

悪い人では無いのかも。
でも山犬って呼ぶんじゃねぇ。







***






越後を後にして奥州へと戻って来たはいいが、予定よりも一日遅い帰りとなってしまった。

外はもう真っ暗だ、きっと政宗様は怒っているはず。

越後でのご報告を済ませる為政宗様の部屋を訪れた。入ろうと襖に手をかけたが躊躇った。

政宗様に抱いているのが恋心だと分かってしまった今の私には、政宗様と会うのが億劫だ。

どうしよう。
報告しないといけないのに。
政宗様に会いたく、ない。

唇を小さく噛んで深呼吸をする。恋愛感情など押し殺せばいいのだ。ただ政宗様の為に剣として、盾として生きて死んで逝く。それが私の幸せ。恋など必要ないのだ。






「政宗様、なまえでございます。ただ今越後から戻って参りました」

「…なまえか、入れ」





失礼します。
頭を下げて部屋に入る。

数日ぶりに見る主の顔、相変わらず刺すような隻眼で私を射抜く。そんな政宗様にも小さくときめいてしまった私は大馬鹿だ。






「予定では帰りは昨日のはずでは無かったのか」

「申し訳ありません、少し手こずってしまって」

「ふん…そうか」





特に何かを言う訳でも無く、政宗様は私から視線を外し煙管を吸って煙りを吐き出す。

政宗様と二人きり。
それだけで心臓が随分うるさい。顔に熱が昇る、顔だけじゃなくてきっと耳まで真っ赤だ。







「なまえ」

「きゃあ!な、何ですかいきなり」

「何を驚いておる。越後での報告をさっさとせぬか」

「(私とした事が…)コホン、承知しました」






不意に名前を呼ばれた事につい吃驚してしまった。何をしているのか私は、恋愛感情を押し殺さなければいけないのに。これではすぐに気付かれてしまう。
気づかれないように、気づかれないように。

心の中で暗示を唱えるように数回繰り返した。









「…………、という訳で報告は以上です」

「そうか、ご苦労だったな。下がって良いぞ」






兼続さんの話は伏せて置いた。政宗様には知られたくはないし話す必要もない。

頭を軽く下げて政宗様の部屋を出て行こうと襖に手を掛けようとしたその時、腕を軽く握られた。

一瞬体が跳びはねた。









「お前の腕は華奢じゃな」

「え?そう、ですかね」

「ああ。腕だけでなく体も華奢じゃ」





肩を掴まれ体の線をなぞるように触れていく。まるで壊れ物を扱うかのように。








「わしより先に死ぬ事は許さぬ」

「政宗様…?」

「忍びなど関係無い。わしの側に居ろ、主君命令じゃ」






そっと抱き寄せて耳元で囁いた。その言葉に頷くしかない私を知ってかのわざとの行為か。

あぁ、私はなんて幸せ者だろうか。







「承知致しました、政宗様」







私の言葉に小さく笑みを零した政宗様の姿が目に焼き付いて離れない。







恋患い
(ただこの身は貴方様の為に)





FIN







あとがき

グダグダすぎますね…
管理人の私も理解出来ません;



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