「ねえ、見てよラビ。これすごくきれい」




黄緑色に輝く石を陽の光に当てながらその石の光り輝く様を、うっとりとした表情で微笑んだ。僅か数センチしかない大きさの石だが、彼女の言う通りきらきらと輝く石は確かにきれいだった。




「また買ったんか?」





何回目さ、少し呆れたような視線を横目でなまえに送る。彼女が黄緑色の石を買うのはこれが初めてではなかった。以前任務で一緒だったときも任務が終わった際、似たような石を土産屋で買っているのを何度も見ていた。きっと彼女が他の奴と任務のときも気に入った黄緑色の石があれば買っているのだろう。

よく飽きずに似たような石をそう収集できるよな。





「だってきれいなんだもの」

「はいはい、それは聞き飽きたさ」





俺の興味が無さそうな態度に目もくれず、なまえは本当にきれいよねえ、と呟いて人差し指と親指で摘んでいた石を大事そうに両手で胸の前に抱え込む。彼女の視線を独り占めにしているその石をほんの僅かだが疎ましく感じた。




「で、今回はなにを買ったんさ?」

「トルマリンよ」

「前買ったのは?」

「スフェーンとペリドットだったかしら」




なまえは懐から小さな小袋を出し、スフェーンとペリドットと呼ばれる石であろうものを取り出して俺に見せた。透き通る黄緑の石はやはりきれいである。二つの石は多少、色が違うものの、これといってこれらの石の違いはよくわからない。

それにこういうものって案外高かったりするものだ。そんな大金は持ってるのか?なんて訊くと経費で落としてるから平気よ。なんて言いのけた。大丈夫じゃねえだろ教団が。コムイが。




「これら全部きれいなんだけど中でもお気に入りがこれなの」





出していた石を小袋にしまい込み、小さな袋の中からまだ出てくる石に軽く驚いた。俺の手に乗せてにこやかに微笑む彼女にこりゃ相当なマニアだわ。心中で呆れながら呟いた。

見るとその石は先ほどの石よりも緑が多めの石だった。




「それエメラルドっていってね、安定とか明晰さ、順応性、精神的平和などの意味があるんだって」

「へえ、」




随分詳しいんだな。俺がそう言えばなまえは嬉しそうに微笑んだ。なまえが先ほどやっていたように陽に当ててみるときらきらとエメラルドと呼ばれる石は煌びやかに輝く。

(なんだか、な)

きれいなのにすぐ壊れてしまいそうな気がした。こんな固そうな石なのに脆そう。




「脆そうじゃなくて脆いのよ、実際。エメラルドは内部に傷が多数あるのが多いから衝撃を与えてしまえばすぐ割れちゃうの」

「…そんな石が好きなん?」





苦笑い気味に答えるとなまえは手を伸ばして俺の顔を包み込んで目元に触れる。細く長い指先は、少し冷えていてそれが気持ちよく感じた。







「好きよ、ラビみたいで」







君は、意外と脆いから。ぐらぐらと安定しないで心がたまにふらつくでしょう?そういうところ、愛おしいよ。

酷く穏やかな笑みをして、彼女は背伸びをして俺の輪郭線を撫でた。…なん、だよ、それ。そう言いたかったのに何故か言葉が詰まって言い出せなかった。





「エメラルドはラビの目の色とそっくりね、きれいな翡翠色。いつでも見ていたいわ」





恍惚としたその表情はまるで石を見ていた目と同じで俺を見ていた。石が好きなのか、それとも俺の目がすきなのか。彼女が言ってることはどちらの意味を指す言葉なのか理解できなかった。憤りを感じたラビはなまえの腕を掴んでやめろ、と制止の声をかけた。手に持っていたエメラルドはするりと手から離れていき、こつんこつんと地面に落ちた。腕を掴んでなお、目元を優しい手つきで触れるものだから今度は少し強い力で腕を無理やり引き剥がした。

彼女は落ちた石に視線を送ると不思議そうに俺の顔を見上げた。





「怒ってる?」

「なにが」

「ラビの目をエメラルドに例えたこと」





そうじゃない。俺はそんなことを言ってるんじゃない。比喩表現なんてどうだっていい。壊れやすいだの脆いだの言っておきながらお前はなにを見ているんだ。俺のことはどうだっていいのか、俺のことをちゃんと、見てくれないのか、それを訊きたいんだ。

だが彼女のようにすらすらと言葉が並べることができず、ただ黙ることしか出来なかった。そんな俺を見てなまえはくすくすと笑った。それが妙に釈に触り、なまえの顎を上げた。

気に、入らない。そんな風に俺の総てを解ってるようなその態度が。






「馬鹿なラビ。たかが石に嫉妬しているの?」






後頭部に腕を回され前へ屈むような体勢になった。ぺろり、と異物感を入れられたようなぬめった感覚が左目から感じ、目玉を舌先で舐められたのだと気付いた。

しょっぱい、
なまえがぽつりと呟いて瞳から舌先が離れたかと思うと瞼にそっと唇を落とされた。






「そんなラビだから愛おしく感じるの」





なまえの瞳はラビを真っ直ぐに見据えていた。あまりに真っ直ぐ見られるものだから躯がふるりと奮えそうになった。

(知って、いるんだ本当は)

ブックマンジュニアである俺は、教団に来てから自分の立場が不安定になったり、精神がふらついてしまうこともあったり。中立な立場でいなきゃいけない、どんな立ち振る舞いをしていかなければいけないなんて知っている。知っているからこそぐらついてしまうんだ。なまえはこんな俺を気づいていたのか。弱い俺を。解ってくれていたのか。それがどうしようもなく気恥ずかしくて嬉しくて悲しくてぐるぐるとした感情に惑わされるのだ。






「目、舐めるなよアホ」





頭に着けていたバンダナを目元まで覆って、今にも崩れてしまいそうな表情をなまえに見えないように隠すことが精一杯だった。

だがこんな俺の表情もきっと彼女は気づいてしまうんだろうと思った。




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気持ちにぐらついてるラビくん