最悪だ。どうやら今日一日中、教団内の空調の調子が悪いままらしい。科学班の奴らが実験で一度に多大な電力を使ったがために電線がショートし、電力が使えないのだ。…アイツら、仕事とは別にまたくだらない薬でも作ろうとしたんじゃないだろうな。全くはた迷惑なことをしやがって。

空調が利かなくなった今、じっとりとした疎ましい暑さとじりじりと窓から射す真南の陽が神田を襲う。カーテンも何もないこの部屋は陽を遮断することもできない。そのため部屋の温度はゆっくりだが徐々に温度が上がっている。

(…暑い)

下で結われていた髪はじわりとした汗で首筋に張り付いていた。それに気持ち悪さを感じた神田は髪紐を解いて高い位置で結い直す。多少暑さはマシになったものの、部屋の温度は上がる一方だ。

鍛錬でも行こうかと思ったがこう暑いとあまり気は進まない。首筋を伝う汗を腕で拭った。鬱陶しい暑さに嫌気が差した神田は一度汗を流そうと、自室のシャワー室に入ろうと重い腰をベッドから上げた。

すると数回、ノック音が聞こえ、遠慮がちにドアが開かれる。





「神田ー?食堂に団服忘れたままだよー」




部屋に入ってきたのは同じエクソシストであるなまえだ。俺のコートを片手に持って来たのだ。自室に入ってくるなり「うわ、この部屋一段と温度高いよ」など言った。んなこと解ってる。なまえは団服を丁寧に畳んでベッドに置く。






「空調ないと暑いねやっぱり」





汗を拭うなまえをよく見ると額がじっとりと濡れていた。頬もいつもより紅潮しているなまえの姿は暑いと口にせずとも暑さを物語っていた。手で顔を仰ぎながら彼女は「あ」と言葉をこぼした。







「もしかしてお風呂行こうかと思ってた?」

「そのつもりだった」

「ごめんなさい邪魔しちゃって。私はもう行くからシャワーでもお風呂でも入ってきていいよ」







なまえに言われずとも今すぐにでも風呂に行こうと思っていた。今こうやって話しているときもじりじりと太陽が窓から照りつけ、室内と体温が比例するよう上昇を続けている。

暑さで少し呆けた頭で彼女を見下ろすといつも着ている上着を着ていない。それだけじゃない。カッターシャツのボタンが胸元まで開けられていることに気づき、思わず眉間に力を入れた。





「お前、上着は」

「上着?暑いから部屋に置いてきたよ。それよりお風呂はいいの?」

「いい。気が変わった」

「え?ええ…っ?」






この部屋は温度が高いためかカッターシャツをパタパタと仰ぎながらどうして?となまえは首を傾げた。気が変わったものは気が変わっただけだ。それよりもシャツを仰ぐ度に広く見える奴の胸元が気になった。








「神田?」






神田は近寄るなまえを何も言わず静かに見下ろせば、当然彼女はどうしたものかと疑問を抱く。






「かん、…え、…っと?」







有無を言わさずなまえの手を引いて自分のベッドに座らせ壁際に追いやり、自分もなまえの隣に腰を掛けた。頭上に疑問符を浮かべ、不思議そうに且つ困ったように俺の顔を見上げてくる彼女の姿に僅かながら愉しくなってきた。

神田は何も言わず、なまえの首筋を撫でればなまえは体をぴくりと動かした。ちょっと、制止の声を掛けるが神田は気に留めずカッターシャツの襟を両手で掴んだ。


「なに、か…?」

「随分野暮なことを訊くんだな」







口元だけ笑ったかと思えば神田はなまえのシャツの襟を掴んだままそのまま首筋に唇を寄せ、舌先でつう、と首筋をなぞった。少しだけ塩分の味が口内に広がる。なまえからは小さく驚きの声と抵抗の声が耳に入るが、俺たちは今更そんなことを気にする仲でもない。鎖骨まで舌先を滑らすと、そこに軽く甘噛みをする。






「ま、っ…」





待って。そう言いたかったのだろうが上手く声に出せていない。少し鎖骨に歯を立て力を入れるとくぐもった吐息がなまえから吐き出された。

こんな暑い部屋の中、こんなことをしているなんて自分でもどうかしているとは思っている。ぐつぐつと脳内が煮えてしまうんじゃないかというくらい、頭の中が暑い。暑さのせいでこんなにも俺は興奮しているのか。

鎖骨から唇を離すと、なまえは先ほどより頬が紅潮している。少し怒気を含んだ潤んだ目さえ悪くないと思ってしまった。







「暑いから、ね。また今度にしよう」

「関係ない」

「あるよ、こんな暑さじゃ集中できない」

「はっ、よく言うぜ」







今さっきまで流されそうになってたじゃねえか。なまえはそれに反論するが、耳も貸さずに奴の両手を片手で束ね、シャツのボタンに手を掛けた。







「暑いんだろ。なら脱がしてやるよ」






嘲るように笑う神田は酷く嬉しそうになまえの瞳に映った。器用な手つきでボタンを片手で一つずつ外していく。はらりとシャツを捲ると胸元は神田の前にさらけ出される。ぴたり、と思わず手の動きを止めてしまった。…コイツ、なんでインナー付けてないんだよ。馬鹿が。口にはしないが腹の中で思った。

一方なまえは「あ、喰われる」そう思ってしょうがない諦めようと観念した。膨らんだ胸元に神田は手を添える。ぽたりと神田の髪からは汗が一滴垂れた。

真南から動かない太陽の日差しは本当に暑くて暑くてどうしようもなかった。空調は直る気配は一切ない。くそ、暑い。暑い暑い暑い。頭が沸騰しそうだ。







「かんだ、くん?」






ぴたりと動きを止める神田になまえは「おーい」と声をかける。胸に添えられていた手は力なく垂れた。顔は下に向いているため彼女から表情は全くわからないが、彼がおかしいことは明らかだった。






「あつい」



神田は身体をなまえの肩に預けたまま動かなくなった。神田の身体はなまえよりも随分、熱くなっていた。







「か、かんだっ?え、ちょっとまさか熱とかじゃ、だからやめようって言ったのに!」

「…うるせえな、あついだけだ」

「意識が朦朧としてるのよ!医務室行こう医務室!」

「なんでだよ。暑いだけだって言ってんだろ」








そうは言っているが実際神田の顔は熱を帯びていた。なまえはいそいそとはだけた胸元を直し、神田の肩を抱いて医務室医務室!と言って嫌がる神田を無理やり医務室へと連れて行った。

ドクターから告げられたのは熱であるとのこと。神田の身体は風邪や傷はすぐ治る性質だが、念のため解熱剤をもらって飲んだという。夜には電気も使えるようになり空調の自由も利くようになった。








「治って良かったね。強姦未遂魔の神田くんちのユウくん」

「…それは熱のせいだって言ってんだろ」







熱のせいとはいえ理性を抑えれなくなった自分を少し不甲斐なく感じた神田であった。


fin.