あ、届かない無理だ。
そう思ったときにはもう手遅れだった。だってどうしたってもう無理なのだ。彼の奥底に抱えている暗闇はどうしたって深くて暗くて届かない。自分がいくら何かをしようとしたって彼の概念は変わらない。何をしたって、もがいたって変わらない。

彼が望んでいるもの、そんなの知らないままなら良かったのに。

諦めよう。彼に向けていた矢印をへし折ってしまいたかったのに中々上手くいかない。一度抱いたこの気持ちはそう簡単に諦められることができなかった。無理だと知っているのに、なんて諦めが悪い自分。

彼が向けている矢印は私ではない。私なんか彼の視界に映ってなどいないのだ。初めから。彼から矢印を向けられたあの人はどんな気分だろうか。嬉しいだろうか幸せだろうか満足だろうか。

なんでなんでなんで。どうしてこんなに苛々するのだろうか。わからない。諦めの悪い自分に苛々しているのだろうか。わからない。わからないから余計に苛々する。






「俺にはどうしてもあの人が必要なんだ」







ああ違う。
苛々するのは彼が私を見てくれないからであって。苛々するのは彼の心の全てがあの人に向いているからであって。

こんな自分は他人からしたら酷く醜くて滑稽だろうか。面白く見えるだろうか。それでも諦めの悪い私は彼に矢印を向き続けるのだ。ああ羨ましい。彼に矢印を向けられているあの人が羨ましい。あの人にさえなれば彼は自分を想ってくれるのに。どうしてそれが自分じゃないのだ。どうしてあの人なのだ。

自分が矢印を向けられないことに悲しく思った反面、汚れた感情が彷彿する。彼に想われているあの人が憎い。憎い憎い憎い。憎くてたまらない。沸々と紅蓮の炎のように赤黒い嫉妬が心中で渦巻いた。







「嫌い。あの人なんか大嫌い。私を見向きもしない神田はもっと大嫌い」






でも一番嫌いなのはこんなことばかり考えている自分なのだ。