私達はある物を挟んで向かい合いながら座っていた。今の気持ちを喜怒哀楽で表すなら完全に怒だ怒以外に表せられない。あ、やっぱり哀も入るわ。ちょっと本当にどうしてくれるんだ。





「眼鏡、掛けれないじゃない」





そうある物とは私の眼鏡のことだ。いや、正しくは眼鏡だったものだ。フレームは独創的な美術館のアートの如く歪み、肝心なレンズは見事に粉々だ。それはもう粉々だ。何をどうしたらそんなに粉々になったのかというくらい粉々だ。こんなにも粉々という言葉をしつこく使うほど酷い状態なんだ。もうこれは眼鏡とは呼べないものと化してた。

先ほど神田が私のメガネさんを思い切り踏みやがったのだ。




「そんなとこに置いておくお前が悪い」

「開き直んな!どうしてくれんの私は目が悪いっていうのに!」

「目が悪いお前が悪い」

「おい!アンタ謝れよ!跪いて謝れよ!」







謝るどころか悪いとも思っていない神田に頭来たなまえは膝立ちになって足を前に踏み出した。ガションという鈍い音が修練場に響く。追い打ちをかけるように歪んだフレームが見事に折れたのだ。




「神田ーー!」

「今のはどう見てもお前のせいじゃねえか。俺のせいにすんな」






俺のせいにすんなって元々は神田が私の眼鏡踏んだからじゃん。ざっけんじゃないわよ!






「あああかわいそうな私のメガネ。こんな姿になっちゃって」

「だから修練場に置いておくお前が悪い」

「顔の汗拭いてたのよ!視力が2.0の神田に乱視が酷い私の気持ちが解ってたまるか!」






ああもう出来ることなら過去に戻って眼鏡を置くシーンからやり直したい…!科学班みんなの技術を駆使してタイムマシン作ってくれないかな!科学班のみんななら絶対に出来る。「できないよ」タリズマンやらゴーレムが作れるならタイムマシンくらいちょちょいのちょいでしょ。「だからできないってなまえちゃん。僕らは魔法使いじゃないんだから」






「作れるって言ってるじゃないですか!コムイさん頭良いんだから!」

「誰に向かって言ってんだ。そもそも眼鏡を作るのに頭良いとか悪いとか関係あんのか」

「タイムマシンを作って貰えれば眼鏡は元通り」

「お前馬鹿だろ」






タイムマシンなんて空想な乗り物を作って貰うよりも、眼鏡作り直して貰った方がよっぽど早いことに何故かなまえは気づかない。大体タイムマシンなんて作れたらとっくに作っているだろう。新しく眼鏡を新調するなら今日中には無理かもしれないが明日までなら彼女の元に眼鏡が手渡されるはずだろう。

立ち上がったなまえが前に進もうとしたら距離感が上手く掴めず、何か固いものに躓いた。






「いたい!何にぶつかったの!?」

「ふ、ざけんな…!鳩尾思い切り蹴りやがって!」

「神田なんでまだそこにいるの…!?」






ぼやけてたから私の影かと思った…!きっと前に出された足が見事神田の鳩尾に入ったんだね。神田はまさか蹴られなんて思ってなかったからガード出来なかった、と。痛いのは私も同じ、躓いたとき手を思い切り地面に叩きつけちゃったんだから。まあこれも私の眼鏡の恨みだと思えば安いもんでしょ。

…ハッ神田に構ってる場合じゃないわ。私はコムイさん達にタイムマシンを作ってもらわなきゃいけないんだから。「いや無理だか」つべこべ言わないで下さい室長なんだから出来るでしょ!!!

躓いた拍子に座り込んだなまえが顔を上げようとしたら神田との距離がわずか数センチほどしかないことに気づき彼女は驚いた。






「う、わっ。ちょっと近いよ!」

「ああ?お前が勝手に躓いてこんな状態になったんだろうが」

「うおおだから近いってば…!」





神田はなまえの顔を覗き込むように睨んだが、視界がぼやけた彼女はただ単に顔を近づけているようにしか見えなかった。覗き込んだなまえの頬は僅かだが赤くなっている。それを見逃さなかった神田は嘲るように笑う。





「何赤くなってんだ気色悪い」

「ききき気色悪いって言いながらまた近くなってるんじゃごじゃいません、の?」





動揺で呂律が上手く回っていない上に噛みすぎている。あああ何よこの状況…!ベタな恋愛小説の中盤から後半に掛かってうふんあはんな感じがありそうな展開じゃないか!私はただ科学室に行きたいだけでそんな展開望んでいない。うわー神田の癖になんかすごくドキドキ、してない!断じてドキドキなんてしてない!神田との距離を計ろうと後ろに後退しようと手を伸ばした瞬時、腰に手を伸ばされ身体が前に引き寄せられた。うぎゃー!だだだ抱き締められてる!






「なな、ななな」

「後ろに下がって余計な怪我でもしてえのか」

「え、怪我?え?」






抱き締められた状態で首だけ回すとそこには粉々になったレンズと歪みまくって折れた眼鏡の残骸があった。

なんだ神田は私がガラスを踏まないように自分の方に引き寄せただけか。うふんあはんな展開にしたかったのかと思ったわ。…案外、優しいところもあるのかふーん。






「おい」

「うひゃ!」





顔を眼鏡から神田に向き直せば抱き締められていることをうっかり忘れていた。何でまだ抱き締めてんのもういいじゃん離しておくれよ!いくら乱視といってもこんなほぼゼロ距離だと神田の表情がよく解る。

神田は何故か口角を上げて私の前髪を梳く仕草をした。なんか慣 れ て る !これはもしかしなくてちゅーフラグではなかろうか。空いてる手で私の後頭部顔をしっかり押さえ逃げれない状態にされた。顔が!近づいてる!思わずなまえは力強く目を閉じる。






「目閉じるな開けろ」





なんて鬼畜!?
耳元でそんなこと囁かれたら開けるしかないでしょう。恐る恐る目を開けると神田はじいっと私の顔を見下ろしたままだった。酷い放置プレイだ。普通だったらさっさとちゅーするのが当たり前じゃないの!?私が読んできた恋愛小説には放置プレイなんてなかったのに!







「チッ」

「は?」

「眼鏡を掛けた奴が眼鏡を取ったら目が3だと思ったがちげえのか」

「…………え?目?3?えっえ?」






何を言ってるんだコイツは。目が3だっておかしいだろ!今どきそんなキャラいねえよ!

ていうかちゅーフラグはまさか私の目が3になっているか確かめる為だけのもの!?いやいやいや!眼鏡割れてから随分時間経つけど絶対目が合っただろアンタと!しかもそんな近づかなくても分かっただろ!それ本気で言ってんの!?違うよねえ?!こんなオチってあんまりだ!

するりと腰に回された手は離され神田はつまらなそうにため息をつくと座禅をおっ始めやがった。







「くっそ期待させんじゃないわよおおおお」




騒がしい足音を立てながら走り去っていく姿はまるで猪を思わせた。神田は眼鏡なくても全然平気じゃねえか。と呟いた。






fin.

神田の予想
3 3
 o
こんな感じ。きっと神田はわざと言ってみた。鳩尾の仕返しみたいな。コメディはやっぱり楽しい!