「いたっ」






咄嗟に指先に痛みを覚え、手にしていた資料から手を離した。人差し指からは一本の赤い線が出来ており、そこからぷくっと紅い液体がじんわり溢れて来た。






「あー、やっちゃった」

「どんくせえ」






それを近くで見ていた神田はいつもの調子で鼻で笑うかのように言い放った。顔が良い分、冷たくあしらわれると意外と傷つくものだ。言った本人はそんなことお構いなしだろうけど。

血を拭うものは近くにないかと神田の部屋をキョロキョロと見回すがそんなものこの部屋にはない。彼の部屋にはベッドと蓮の華が浮いたガラス容器だけだ。何にもない部屋を見る限り、神田にとって自室は身を休める為だけのものなのかと思えてしまう。

念のため神田に何か拭うものは無いかと訊いてみた。






「ねえよそんなもん」

「だよねえ」






ティッシュとかあったらこのシンプルすぎる部屋に目が行くはずだもんね。

この程度の怪我で医務室に行くのも気が引けるし、かと云って自室に行くのも面倒くさい。しょうがないから自分の服で拭いてしまおう、洗濯すればいいだけのことだし。とりあえずどんどん溢れて来るこの血を早く拭かなければ神田の部屋に垂れ落ちてしまう。彼に迷惑をかけるのはごめんだ。

そう思って服で拭おうとした刹那、手首をガッと掴まれた。






「…びっくりした」

「自分の服で拭うな」

「あ、バレてた?」

「テメエの考えることは単純過ぎるんだよ」






お決まりの舌打ちをすれば手首を無理矢理引っ張られると神田の着ている服に指先を宛行わられ、血は吸い取られた。と云っても指先から溢れる血は拭っても中々止血しない。彼の服は赤黒い染みが広がって出来ていた。






「ちょっと、服に血が」

「洗えばいい」

「いや、まあ確かにすぐ洗えば落ちるけどさ。いやいや違うそうじゃなくて…その、拭ってくれるのは嬉しいけど神田の服が汚れるのは嫌なんだけど」






神田の機嫌を損なわないように控えめになまえが言ったものの、神田は案の定不機嫌そうに顔を歪めた。俺が良いって言ってるんだ、それの何が悪いんだよ。と言いたげな顔で。

私の言葉で神田が指先を服で拭うのは止めてくれたが、掴まれた手首はまだ離して貰えない。手首を掴む力がさっきより強く感じ、指先からまた紅い液体が緩い動きで指を下る。








「もう止血したからいいよ。手、離して」

「あ?まだ垂れてんじゃねえか」

「え、あっ本当だ、…けどもういいよ神田の服汚したくないから自分の服で拭います」







手首を離して貰うように強引に捻ってみせるがびくともしない。目で離して、と訴えるが掴んでいる当の本人は力を緩めることは無くそれよりもさっきより力を込めているではないか。空いてる左手で引き離そうとしてみるが男女の力の差のせいなのか全く動かない。

神田は弱いものいじめをするいじめっ子のように嘲笑染みた笑みを浮かべた。






「離して欲しいなら無理矢理剥がしてみろよ」






それが無理だから離して欲しいと目で訴えたのに無視したではないか。何で彼はこんなにサディストなんですかね、ただ手を離してくれればそれで済む話なのに。

掴まれている手に視線を移すと血が神田の手にまで垂れているではないか。それだけではない、私の腕にまで紅い雫が伝っている。普通こんな強い力で掴まれているんだから止血するはずなのに、どんだけ私の血は元気なんだ。







「神田、手に血が付いちゃってるよ」

「知るか」

「知るかって…私が良くないんですけど」







しれっとした顔で自分は関係ないように言う神田。普段から物事に無関心だと思っていたけど、こんなにも自分に対しても無関心とは。

指先をよく見ると傷口はぱっくり切れているではないか。道理で痛いと思った。痛みでどくんどくんと脈打つ指先。任務のときはもっと大きな怪我をしたりするからこんな些細な怪我はなんとも思わないのに、どうも何も怪我をしていないときは痛みは集中的に感じるみたいだ。

早く血拭きたいのにいつになったら手、離して欲しくれるんだろう。指先に感じる痛みと手首を拘束する力に顔をしかめた。その様子を見ていた神田は重苦しいため息をつく。






「面倒くせえ女だ」

「、誰が──」






聞き捨てならない言葉に反論しようと口を開こうとした瞬時、神田の行動でそれは制止せざるを得なかった。

腕を引っ張られたと思ったら、神田の薄い唇から赤い舌がなまえの腕に這う。(は…、は?)驚きで目を丸くしているなまえを気にも止めない。ぺろり、血を丁寧に舐めあげて腕から指先へと這っていく。くすぐったい、思わず背筋がぞくぞくする感覚に陥った。

神田の赤い舌は私の指先の傷を捉えた。ちゅ、何度も血を吸い上げては指先を口へと運ぶ。ぴりりとした痛みが気になったが私は少なからず神田の行為に魅せられていた。唾液が絡みついた指先と、挑発するように見せつける神田のその瞳は酷く官能的だ。マリアン元帥ならともかく、神田がこんなことするなんて思ってもいなかった。

惜しむように赤い舌から解放された指先は透明の液体で汚されていた。










「これで満足だろ?」







満足そうに口だけ笑う神田に自身の心音が脈打つのが分かった。何が満足ですか、唾液でべとべとなんですけど。悔しいからお礼なんて言ってあげない、口が裂けても言うものか。なまえは神田に聞こえないような音量で、このムッツリ。と恨めしそうに呟いた。

指先の血は綺麗に止まったみたいだ。






「ラビから聞いた話なんですけど神田ってなまえを襲ったって本当ですか?本当だとしたら僕はこれから君を変態パッツンろくでなし野郎と呼ばさせていただきます。やあ変態パッツンろくでなし野郎」

「襲ってねえよ!クソモヤシ!!」




fin.
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神田が満足だろって言ったのは服が汚れずに血を拭けて良かったな。の満足だろって意味です。原作の神田くんのサディストぶりはたまらない。