waver

ドレスの裾が縺れて歩きづらいと感じるのは着なれない証拠なのだろう。貴族達のパーティーに連れてこられたはいいものの場の空気に馴染めず、私は一人階段を上り人気のないバルコニーへと足を運んでいた。ドレスはこの前クジャが選んだもので、ビーズレースの際立つ純白の生地が主体の、ビスチェドレスだ。気が抜けたように私はバルコニーの柵に手をかける。空を見上げればミッドナイトブルーの所々に薄く雲がかかり、幻想的な空気を醸し出していた。此処は心なしか落ち着く。下は恐ろしく華やかだったから。一緒に来ていたクジャはどうしているかというと、顔馴染みの貴族達に挨拶して回っている。私のことも紹介したかったようだが、クジャの面子を潰しては困るので断った。

それはそうと、近頃気にかかっていることがある。パーティーで着るドレスを選んでもらったあの日からのことだ。“お願いだからシェリーは僕の人形にならないで”と抱き締められた後からは彼といるとぎこちなくなるのだ。これまでは、なんともなかったのかと聞かれれば、そんなことはない。しかし今日のドレスアップは抵抗があって、自分で着ると申し出たのだが、こだわりがあるとクジャが譲らないので結局全て彼に任せることとなった。その際もひたすらに平静を装おうとしたのだが、彼にはお見通しだったようで、ことあるごとに茶化された。前回との差が彼にとっては相当面白かったのだろう。しかしながら、クジャは恐ろしく大胆である。アレクサンドリア城で顔を会わせていた頃もそうだったが、彼は私を従者として扱っているようにはあまり感じられなかった。思い上がりも甚だしいかもしれないが、寧ろ口説いているかのようにさえ見える。単に彼はそういう性分で誰にでもそうなのだろうか。だから、彼がふと主であることを忘れそうになる。もしずっと傍にいたら私はどうなってしまうのだろう。そう考えるとなんとなく怖かった。クジャは仕えるべき人なのだ。私はその関係性を崩したくない。

「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのかい?」
「クジャ様…?!」
「…様付け。」
「ごめんなさい…」

聞き慣れた声に振り返れば、クジャが壁の様に敷き詰められた大きな窓ガラスに埋め込まれた木製の扉を閉めようとするところだった。挨拶はもう終わったのだろうか。

「変な輩に連れていかれたんじゃないかと思ったよ。時々あるんだ、そういうの。」
「え…」
「なんてね。冗談だよ。誘拐は本当にあるけど、僕が何も対策を打たずに君を野ざらしにすると思うかい?」
「しないの…?」
「………しないよ。来る前に渡した指輪があるだろう?来週オークションに出される品物なんだけれど、魔力を蓄積しやすい性質があってね、僕の魔力を少しばかり込めておいたのさ。君がそれを身に付けてる間は、あまりにも遠くに行きでもしない限り、居場所が把握できるってわけ。この会場内の魔力を感知するくらいならそう強くなくても僕にとっては容易いことだし、あらかじめ見張りはそこら中に配置してあるから、何かあったら情報はすぐ掴める。」

空気を読めと呆れたような表情を向けてから、クジャは対策とやらの詳細を語る。オークションに出す指輪を私に使わせてよかったのか、気になるところだが今更何を言おうとこの指にはめられていることには変わりない。

「そこまでするくらいなら、無理矢理にでも私を側においとけばよかったのに。」
「自分で挨拶回りに行きたくないと言っておいて随分な物言いだよ。それに、無理矢理連れていくようじゃ、ね。君に片時も離れたくないと言わせるくらいじゃないと。」
「私、そんなこと…!」

本気とも冗談ともとれない顔で軽々しくこんなことを言われるものだから、反応に困ってしまう。きっと頬も赤いのだろう。彼は満足そうに小さく笑った。またこれだ。一々動揺して、私が弱すぎるのだろうか。だからあまり一緒にいたくないのだ。彼が嫌いなのではなく、従者としていけないように思うから。

「まあ、君が僕について回ることは少なからず今日はないと思っていたから、それくらいの準備はしておくよ。君は僕を避けてるみたいだし。それはそうと、なかなかいい場所を見つけたね。いい眺めだ。人がいないのも珍しい。」
「あの…!」

核心をつかれた気がした。否定しようと声をあげるも手を引かれ抱き寄せられれば黙るほかなかった。こんな状況でどうすればいいか咄嗟に判断なんてできない。

「わかってるから大丈夫。」

私の髪を絡めた彼の指先が耳元を優しく撫でる。何が…?わからない。また大事なものが壊れてしまう。私じゃない私で塗り替えられてしまう。涙が頬を伝う。どうしてかはわからない。

「私…」

何かを言いかけた唇に柔らかいものが触れる。

「ごめんね。」

身体が自由になって私はわけもわからないままその場から走り去った。折角の化粧が涙でよれてしまうかもしれないが、どうしようもなかった。大きすぎる感情に処理が追いつかなくて、壊れそうな心臓を手で押さえ、何処に行くかもわからないままパーティー会場の入り口を潜り抜ける。

「…少しやりすぎたかな。」

クジャは誰もいないバルコニーで一人呟いた。



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