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液晶画面には【矢坂馬志乃】と表示されていた。
「やっと気づきやがったか。弥代ちゃん、さっきどうしてこんなことをするのか聞いたよね? その答え、こいつが来たら教えてあげるよ」
そう言うと男性は無表情のまま通話ボタンをタップして、そのままスピーカー出力に切り替え、スマートフォンをわたしの傍へ放り投げた。
受話器の向こうから焦ったような彼の怒鳴り声が聞こえる。
「志乃くん……」
小さな声で呼びかけると、彼は一瞬の間の後わたしの名前を呼んだ。
「今どこだ? すぐにそっちに行くから……」
受話器の向こうで彼が息を切らしているのが分かった。どうやらわたしを探して走り回っているらしい。その姿を想像して、胸が締め付けられた。
どうしてこのようなことになって居るのだろう。怖くて仕方がない。
「何でもいい、分かることを教えてくれ!」
彼の必死の問いかけに、更に鼓動が高鳴った。一度唾を飲み込み答えを絞り出そうとするが、目の前の男性の鋭い視線に恐怖心が勝ってしまい声が出ない。
受話器の向こうでは、何度もわたしの名前を呼ぶ彼の声が聞こえていた。
男性はスマートフォンを拾い上げると、もう一度スピーカーボタンをタップして、受話器を耳に宛てた。
「……久しぶりだな。糞野郎」
男性は電話口に吐き捨てるようにそう言った。出力を切り替えられてしまったせいで、彼の声はもうわたしの耳には届かない。
男性は濁った瞳でわたしを見下ろしたまま、彼の言葉に耳を澄ましていた。しかし言葉を返す様子はない。
しばらくの沈黙のあと、男性はぼそりと彼に言い放った。
「今から三十分以内にここまで来い。間に合わなければ──……」
その時、窓の外で何かの警報音が鳴り響いた。閉め切られたカーテンの向こうで、白い光が一定の間隔で見え隠れしている。
男性は焦った様子で窓を振り返った。わたしはその姿を見てはっとし、受話器の向こうに居る彼にも聞こえるよう大声で叫んだ。
「灯台! 灯台の傍のビジネスホテル!」
男性は慌ててこちらを向くと、わたしの口を塞ぎもう一度電話口に吐き捨てた。
「三十分で来なければ、こいつを殺す!」
言うとすぐさま電源を切り、再びスマートフォンをこちらに投げつけた。
わたしたちの間に緊張感が走る。
数秒間わたしを睨みつけた後、男性は、はあっと溜め息をついてベッドの上にどかりと座った。
「やっぱ口も塞いでおくんだったな」
そして前髪を掻き上げながらもう一度大きな溜め息を吐き、今度は自身のスマートフォンをスラックスの後ろポケットから取り出し、タイマーを三十分後にセットした。
こんな状況だというのに、目の前の男性は嫌に落ち着いているようだった。
男性はまたこちらをちらりと見やると、ふっと口から笑みを零した。
「間に合うかな? ちゃんと来てくれるといいね、君の王子様」
男性はそう言いながら、ははっと乾いた笑いを漏らした。
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