変わる世界
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すっかり上機嫌になったわたしたちは道中会話を絶やすことなく歩いた。
しばらく歩いた頃、不意に彼女のお腹からぐぅっと音が聞こえた。その音に自然と口角が上がるわたし。彼女は気恥ずかしそうに頬を赤らめて、両手で胃の辺りをさすっていた。
「お腹すいたなら喫茶店寄って行かない? いいお店知ってるんだ」
わたしは以前志乃を連れて訪れたあの喫茶店へ、彼女を誘った。彼女はわたしの誘いを快く引き受けると、先程より少しばかり速い足取りで喫茶店へと向かって行った。
店内でも、わたしたちは時間が過ぎるのも忘れて会話を楽しんでいた。
クラスメイトと一緒にこんなにも楽しい放課後を過ごしたのは、いつ以来だっただろうか。
この地へ引っ越してきてからは知り合いの居ない学校には馴染めず、何よりも彼との生活を優先的に考えていたため、クラスメイトとの関わりはあまり積極的には持っていなかった。
いつの間にか日は落ちて、街の明かりがぽつりぽつりと灯りはじめていた。
「長居しちゃったね。そろそろ帰ろうか」
彼女の言葉を切っ掛けに、わたしたちは席を立った。
外はすっかり暗闇に包まれている。
駅に向かって歩き始めた。道中もわたしたちは止め処なく続く会話を楽しんでいた。
駅に着き彼女を改札前まで見送った後、しばし悩んで帰路に就いた。彼にはバスを利用するよう言われていたが、今日は喫茶店で無駄遣いをしてしまったため駅からの乗車代が少し惜しく感じてしまった。
「近いし、大丈夫かな……」
わたしは彼に一通のメッセージを送ると駅を後にした。駅からマンションまでは徒歩で二十分程度の距離だった。近くもないが、さほど遠いとも言えない。時刻は午後七時を過ぎたばかり。
久しぶりの楽しいひとときに舞い上がってしまっていたわたしは、危険を顧みず安易な選択をしてしまった。
駅を出て暫く歩き小さな路地に入る。また数十メートル歩いたところで、後をつけられている感覚に陥った。しかし振り返っても辺りに人影はない。
急な不安感に襲われ鼓動が速くなっていく。一度大きく深呼吸をして、先程までよりわずかに速度を上げて歩き始めた。
マンションまで残り数メートル。この角を曲がれば入口が見える。今しがた感じた気配はいつの間にか消え、今度は安心感が押し寄せてきた。
もう少し、もう少しで家に着く。
そう思い安堵の溜め息をついたその時、不意に背後からパチパチという、何かが弾けるような音がした。音に振り返ろうとした刹那、首元に鋭い痛みが走り視界が大きく揺れた。
見る見るうちに、アスファルトが近づいてくる。
わたしの身体は、どさりと無造作に地面に叩き付けられた。夕方まで降り続いた雨のせいで濡れたアスファルトが、すっかり冷たくなってしまっていた。
ぼやけていく視界。全身が痺れ力が入らない。
そしてわたしの目の前の世界は、少しずつ色を失っていった。
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