不安
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「志乃くん、話したいことがあります」
「改まって、どうした?」
火曜日の夜、夕食を終えたわたしはリビングでくつろいでいた彼に、真剣な面持ちで切り出した。
昨日の放課後、わたしは夕食の買い物をするため、学校から最寄りのスーパーマーケットへ向かった。
買い物を済ませ再び家路へ着いたとき、奇妙な違和感を覚えた。
視線を感じる、人の気配がする。誰かに後をつけられているような感覚が全身を襲った。しかし、振り返って見ても辺りに人影は見えない。
気のせいだと自分自身に言い聞かせてみるものの、恐怖心に耐えられなかったわたしは足早に帰宅した。
そして今日の放課後。
再び背後から人の気配がする。視線を感じる。昨日のあの感覚はやはり気のせいなどではなかったのだ。
逃げるように帰宅し大慌てで玄関の鍵を閉めた。外に人の気配はない。
安堵の溜め息を漏らし、夕食の支度や四葉の世話をしながら彼の帰りを待った。
時刻が午後七時を回った頃、ようやく彼が帰宅した。すぐにでもこの恐怖心を吐き出したい思いでいっぱいだったが、彼の疲れ切った表情を目の当たりにし口を噤んでしまった。
食事中も彼の顔色を窺っては自問自答を繰り返していた。そんなとき不意に先日の彼の行動を思い出す。四葉をこの家に迎え入れた、あの日だ。
もしかしたら何か関係があるのかもしれない……。
そう思いわたしは事の始末を話す決心をした。彼はそれらすべてを聞き終えると、一度俯き眉間にしわを寄せた。
「正直、心当たりはある。けどこれは僕が業務上知り得た情報で……だから弥代には話せないんだ」
「大丈夫。ただ話したかっただけだから」
彼は小さくごめんと呟くと、そのまま押し黙ってしまった。険しく濁る彼の表情に重い罪悪感を覚えてしまった。
「あんまり深く悩まなくていいからね」
わたしは苦し紛れにそう付け加えると、彼に背を向け自室へ籠った。
悩みをひとつ増やしてしまった。恐怖心を紛らわすためにただ聞いておいて欲しかっただけなのに、彼があんなにも思い詰めた表情を見せるだなんて考えてもみなかった。
明日になったら謝ろう、きっと思い過ごしだったのだと、そう思いながら眠りについた。
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