届かない、声
放課後の帰り道、裏門の石段に座り込む見慣れた後ろ姿を見つけた。気怠そうに肩を落とし、背中を丸め、もくもくと煙を吐くその後ろ姿に、僅かに笑みが零れた。
少しずつ軽くなる足取り。すぐ傍まで駆け寄り、声を掛けた。
「せんせい」
後ろ姿はゆっくりとこちらを振り返ると、私を視界に捉え、綺麗に笑った。
「おう、どうした?」
彼の右手には、煙の原因になっていた、吸いかけの煙草。左手には携帯灰皿が握られていた。
「部活見に行かなくて良いんですか?」
「みんな走りに行ってるからね。休憩も兼ねて一服」
そう言って彼は右手の煙草をちらつかせた。
じゃあ私も、と呟いて彼の隣に座る。彼は少し驚いたような顔をした後、小さく笑った。少し冷たくなった秋の風が、私の頬を掠めると同時に、煙草の匂いを連れ去っていった。
「煙草嫌いって言ってなかったっけ?」
煙草を灰皿に押し付けながら、彼は溜め息交じりにそう言った。
「嫌いですよ、もちろん。でもね、先生……」
そして、一つ息をついた。先生は、うん、とだけ呟いて私の言葉を待った。
「でも、煙草を吸ってる人は、好き」
「ふうん。居るよね、そういう子」
彼は一切の興味がないと言ったような口振りで返事をした後、立ち上がり、空を見上げた。
私も彼に続いて立ち上がり、少し離れた場所から、彼に言う。
「先生、私の声届いてますか?」
「うん? ああ、ちゃんと届いてるよ」
私の声に反応しこちらを向いた彼は、私の奥に、自分が顧問をする部活の生徒たちの姿を捉え、門の内側へ入ってしまった。
「ごめん、もう行くわ」
先生、小さく呼ぶと彼は私に背を向けたまま軽く手を挙げて、気を付けて帰れよ、とだけ残して去っていった。
「全然届いてないじゃない、私の声……」
彼の後を見つめて、小さく零した。
「好き。好きです」
先生……。
私の声はあなたの耳には届かぬまま、ふわり、ふわりと、空を舞う。
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