「いよいよ明日は女神祭ね!」
「女神祭……女神…祭……ああ、あの踊るやつ?」
「ちょっと、クレアもしかして忘れてたの?」
信じられないと言った様子でクレアを見るカレンの瞳は、怒りや、哀れみを含んでいた。どうりで朝早くから雑貨屋に来た訳だと納得いったカレンは思わず溜息をついている。
そんなカレンに小首を傾げるクレアは、それがどうしたのと言わんばかりの視線を彼女へ向けた。綺麗に着飾り、隣にはエスコートしてくれる男性が居て、女の子にとっては自分が主役になれる絶好の行事だと言うのに……。それを忘れるなんてとカレンは嘆く。
「クレア、今すぐ牧場に戻りなさい」
「は?」
「エスコートしてくれる人が待ってるかもしれないでしょ!?」
「いや私別にそんなの、」
いらないと続けようとしたクレアだったが、余りにもカレンから漂う威圧感が凄まじいため、言葉を飲み込んで、回れ右をした。折角種を買いに来たのにとちらりとカウンターに居るジェフに目を向けるが、目が合った途端逸らされた事で彼に助けを求めた自分が甘かったと肩を落とす。(彼が娘に勝てる筈が無かった)
仕方無しにドアノブに手を伸ばしたクレア。しかしその瞬間、いきなりドアが引かれ、思わずクレアは動きを止めた。
「あ、」
「あ、」
自然と視界に入って来たのは、グレイだった。お互い口をポカンと開けて固まる様を見て、カレンはしまったと額を抑える。彼等が出会えば一触即発なのは周知の事だった。
お互い決して仲が悪い訳ではない。むしろ良すぎる為か、何かと噛み付く二人に周りは面倒窮まりないのである。取り敢えず、彼等に会話をさせまいと、カレンはグレイに話し掛けることにした。
「グ、グレイじゃない!珍しいわね。どうしたの?」
「じいさんが、油が切れたから買ってこいって」
「ぷっ、パシリ」
「おい、聞こえてるぞ」
話を振った事が逆効果だったようだ。戦闘体制に入った二人にカレンの眉はピクピクと吊り上がっていく。
「ほら、クレア。早く戻りなさい」
「ちょっ、グレイ助けて」
「お、おい引っ張るな!」
早く片方をこの場から離れさせようとグイグイと押し出すカレンに、クレアは慌ててグレイを掴んだ。その為当然グレイも引っ張られる形になり、バランスを崩しそうになる。
カレンの隙を見て、グレイの後ろに隠れたクレアは、すかさず彼にしがみつきまだ帰宅しない意向を見せた。溜息をつくカレンと背中にしがみつくクレアに挟まれたグレイは全く状況が掴めないままである。
「私今日ちゃんとお客で来たのにカレンったら酷いの!私を追い返すんだから」
「だから、私はクレアを心配して……!どうすんのよ?牧場でクレアをエスコートしようって待ってる人が居るかもしれないでしょ」
「エスコート……?」
漸く状況を説明してもらえたグレイだったが、エスコートと言う単語に考え込んでしまう。聞き覚えのあるその単語に、なんだったかなと首を傾げる様子を見て、カレンはこいつもか!と呆れずにはいられなかった。
「女神祭!明日の行事!」
「……ああ、もうそんな季節か」
「最近温かいからそんな小さな事忘れちゃうよねー」
「だなー」
「小さくないわよ!」
こういう時だけ息を合わせて微笑む二人に、カレンは苛立ちを募らせる。(後ろではジェフが震えていた)
折角今日はクレアとダンスの練習でもして、明日のメイクの話やら祭後誰と何処に行くのかと俗に言うガールズトークで盛り上がろうとしていたのに、そんなカレンの計画は今にも崩れ去ろうとしているのだ。彼女がここまでムキになるのは仕方がない事だった。
(ん?待てよ……)
そう言えばとつい先日の話を思い出すグレイ。確かここ最近仕事が立て込んでいて、休日すらろくに休めなかったのを見兼ねたサイバラが何か言っていたのを思い出したのだ。
誰か誘いたい女性が居れば8日は仕事を休んでいいと言っていたのだ。しかし何の事かわからなかったグレイは別に休まなくてもいいとその時答えたのだった。
今思い返せばこれはエスコートの事だったに違いない。しまったなと顔を顰めたグレイの視線に映ったのは、自分の背中にしがみつくクレアだった。
目の前には怒りに満ちたカレン。背中には買い物をしたいクレア。今この場に挟まれてるのは紛れも無く自分。総てが丸く収まる方法がただ一つだけ残されているではないか。
「俺がエスコートするよ」
「えっ?」
「はあ!?」
途端目を輝かせるカレンに、明らかに面倒臭いと言わんばかりの声をだすクレア。
ほんと、グレイ?と聞き直すカレンにこれじゃ誰をエスコートしたかわからないとグレイは苦笑を浮かべながら頷く。ありがとうと喜ぶカレンに一人取り残されたクレアはちょっと待ってよとグレイの腕を引っ張った。
「こうでもしないとカレン面倒だろうが」
「いや、だけどさあ」
小声で話すグレイに吊られ、小声で返すクレアは相変わらず納得いかない様子だった。
けれど、確かにこれでカレンの気持ちも収まり、ゆっくり買い物が出来るのだ。ここはもう自分が折れるしかない。
「わかったわよ」
「よし!決まりね!じゃクレア今日夕方からダンスの練習よ」
「うう……わかりました」
「よし、解決解決」
「あ、ねえグレイ」
さっさと油を買ってずらかろうとしたグレイだったが、再度クレアから腕を引かれて動きを止める。そう言えばまだくっついていたのかと振り返れば、クレアは満面の笑みを見せていた。
「これ、貸し借り無しだからね」
「何の事だよ」
「どうせ明日エスコートしたら休めるとかで私を誘ったんでしょ?」
「げ、バレてる」
「当たり前よ。グレイの考えてる事なんかすぐ分かるんだから」
でも、一応ありがとう。そう続けたクレアは漸くグレイを解放し、一目散に種を見に走り出す。
何と無く、暖かさが残る背中が、寂しい気がした。
冗談じゃない
(離れてくれて清々した!)