それでは二人に祝福あれ | ナノ



「おはよう!」

「……!!」

不法侵入で訴えて良いだろうか?
パンを咥えたまま、クレアはそう思った。
ノックもなしに飛び込んできた男に完全に目が覚めたクレアは慌ててパンを飲み込む。彼とは長い付き合いだが、こんな朝早くから、しかも家に入られたのは初めての経験だ。何事だと、状況もうまく飲み込めない。

「……そんな驚いた顔すんなよ」

するに決まってるだろ!と心の中で突っ込んだ。朝だからだろうか?声に出すほど調子が出ない。

「その……頼みがあって……」

言いにくそうにグレイは口籠る。
対するクレアはまだ黙って彼の様子を窺うのみだった。

グレイとは昨日の雨の中での一件ぶり。それもあってか、何時もだったら強く出るとこだが、クレアは何故か突っ掛かる事も出来ない。

「昨日、聞いてただろ?その……」

「サイバラさんが言ってた事?」

「そう、それ。100年早いとか言われちゃってさ……もうほんと悔しくて……」

拳を握り締める彼を見て、クレアは昨日の光景を思い出していた。
余程言われた言葉が胸に突き刺さっていたのだろう。
きっとグレイは気付いていないだろうが、彼の表情が物語っている。

「だから、俺一人でも道具を作れるってことじいさんに見せてやる!って出てきちゃったんだよね」

そう言った彼の顔は、昨日最後に見せたあの覚悟を決めた表情だった。
グレイが決意を決めたのは分かってはいたが、こんなに直ぐ行動に移すとは。
再び驚いたクレアは目を丸くして固まってしまう。

「それで、その、頼みなんだけど……」

「……うん?」

「その時までに水車小屋を貸して欲しい!俺の事は全然気にしなくていいから!」

「ええええ!?」

何度驚けばいいのだろうか?クレアは頭を下げる彼を見ながら思う。
確かにあそこなら邪魔にもならないし、それなりの空間があるので道具作りも集中出来るだろう。

しかし、本当に良いのだろうか?彼の事を思うなら、サイバラの元へ返すべきなのではないのだろうか?
クレアは自分に問いかける。
けれど、目の前で頭を下げる友人は、自分を頼ってここに来たのだ。その想いを無下にして良いものだろうか?

「……わかった」

やはり、彼の想いを無下には出来ない。
「こうなりゃトコトン気が済むまで頑張って!」とクレアは彼の背中を押す事に決めたのだ。

彼女の言葉を聞いてグレイは笑顔を浮かべ頷いた。
よりやる気が出たのか腕を捲り、帽子をかぶりなおす。

「ありがとう、クレア!」

そう残して慌ただしくグレイは外へ飛び出した。
バタンと閉まるドアの音で、まるで糸が切れたかのようにクレアは椅子に座り込む。
正直、これでよかったのかまだ悩んでいた。

「……仕事しよ」

考えても拉致があかないと思った彼女は、働いて現実逃避する事に気めたようだ。
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、重い腰を上げ彼女も外に飛び出した。


* * *


「気にするなとはいわれたものの……」

仕事を終えたクレアは水車小屋の前で立ち尽くしていた。
辺りは既に真っ暗。忙しくて昼食の事はまったく頭になかったが、流石に夕食ぐらいは……と簡単に食事を作ってはみたものの、どう切り出すか悩んでいた。

意を決して、そっと水車小屋を覗いてみる。
そには、初めて見る彼の姿があった。
真剣な眼差しで道具作りに専念するグレイに思わず目を奪われるクレア。脳裏には「俺、絶対負けないから」と告げた彼を思い出す。
その言葉通り、何かと戦うかのようにグレイは打ち込んでいた。

こちらに気づく事なく、仕上がりを確認するグレイは、ひと段落ついたのかふうと息を吐き、少し満足げな顔をした。
今がチャンスだと「あの……」とクレアは声を掛ける。やはり彼女の存在に気づいてなかったのだろう。グレイは身体を強張らせ、慌てて出入り口へ視線を向けた。

「ご飯、作ったんだけど……」

「えっ……」

驚き固まるグレイに、クレアは「食事、宿屋じゃ取りにくいでしょ?」と慌てて続ける。
確かに、この時間帯はサイバラが宿で酒を飲んでいるはずだ。グレイは素直に頷き、道具を置き水車小屋を出た。

「悪い。気遣わせちゃったな」

「応援するって決めたから」

そう言ってクレアは照れ臭そうに微笑んだ。
ここは素直に「ありがとう」と礼を言う場面なのだろうが、グレイは言えなかった。
こみ上げてくる不思議な感情に戸惑いながら、ただひたすら黙って彼女の家へ向かうので精一杯で。

しかし、彼のそんな感情は直ぐに吹き飛んでしまった。
家に入るとすぐに、食欲をそそる匂いが飛び込んできたからだ。
途端に鳴り出すお腹に、グレイは苦笑いを浮かべる。

「すげ……」

秋野菜たっぷりのサラダに美味しそうなパン。そしてメインはクリームシチュー。食欲を煽ったのはこの美味しそうなミルクの香りかとグレイは確信した。

「いつもこんなの食べてるの?」

「ええ。牧場のものたっぷりよ」

嬉しそうにクレアは語るが、実は今日は何時もより張り切って作ったのだ。内心苦笑いを浮かべるが、目の前で呆気にとられるグレイに、やはり鼻が高くなる。

呆気にとられたグレイを席に促して、クレアも自分の席に腰掛けた。

「「いただきます」」

人と家で食事をするのは初めてだなとクレアは思いながらサラダを口にした。
目の前で無我夢中で「うまい!」と連呼して食べるグレイに、自然と浮かぶ笑顔。
宿で彼とはしょっちゅう食事を取っていたのだが、自分の家でしかも手料理を一緒に食べるのは何だかとても新鮮だ。

「ご飯、明日から三食作っておくからお昼は勝手に食べてて。昼は私出てること多いから」

「……いや、ありがたいけどさ、いいよ。そこまで迷惑かけられないし」

余程お腹が空いていたのか、既に皿の半分を平らげたグレイは、申し訳なさそうに眉を下げた。
その食べっぷりっで迷惑かけれないと言われても説得力ないんだけど。クスリと笑ったクレアは心の中でそう突っ込んだ。

「なに遠慮してんのよ。らしくないわね。……じゃあその代わりといっちゃ何だけどね」

「うん?」

「グレイの道具第1作目は私に使わせてほしい」

妙に真剣な眼差しでクレアはそう言った。
自分の初めての道具をクレアが……。正直道具を作ってサイバラを認めさせたいと言う考えが第一だったため、誰かに使ってもらうなんてグレイは頭になかったのだ。

『馬鹿者!道具は形だけではなく、実際に使えなくては意味がないのだぞ』

ふと昨日のサイバラの言葉が頭に響く。
そうだ、確かに使えないことにはサイバラに認めてもらう事など到底出来ない。
すっかり抜けていた考えに再びサイバラから『馬鹿者』と叱咤された気がして、グレイはグッと眉間にしわを寄せる。

「わかった。俺の第1作目はクレアに使ってもらう」

「うん。楽しみにしてる」

そうと決まれば、何だか更に気が引き締まる。
人に自分の作った道具を使ってもらう。楽しみでもあり、何処か不安を感じるが、今更後戻りは出来ない。

(やってやる……!)

絶対認めさせると胸に誓いながら、グレイは最後の一口を頬張った。








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