雨。
恵みの雨。この時期は本当に嬉しくて仕方がない。
あの沢山の畑に水遣りする手間が省けるのだ。
「雨なのー!」
「うれしいの!ボクの仕事終わったの!」
「こらっ!ナッピー、収穫手伝うの!」
コロボックルもこんな感じだ。
ここ最近激務だったから、この雨が嬉しくて仕方ないのだろう。
「今日早く仕事終わりそうだからお茶でもしない?」
「さんせーなの!」
「こうなったらお仕事急いで片付けるの」
俄然やる気を出したコロボックルに思わず吹き出してしまう。
こうなったらお茶菓子も張り切って作らなきゃ!!
そう意気込んだ私は、早速雑貨屋へ向かう準備をする。
大きなリュックをからって、お気に入りの傘を広げる。雨に打ち付けられる傘の音が心地よい。
今日は何のお菓子にしようかな?収穫できたサツマイモで甘いスイートポテトでも作ろうかなぁ。
春にコロボックルにもらったハーブティーと絶対合うはずだわ!
そんなことを思い、足取り軽く牧場を後にした、その時だった−−
「この青二才が!!」
「なんだと!」
ドンッという大きな物音と共に、大きな怒声が雨音に混じった。
たった今まで浮かれてた私の足取りも、自然とその場で止まってしまう。
目の前には雨に打たれ、ずぶ濡れのグレイとサイバラさん。
いつもの叱られ方とは違う。決して私なんかが立ち入ってはいけない、そんな雰囲気なのに、足が動かない。
怒りに満ちているけれど、何処か悲しい様な、悔しい様な、そんな表情でサイバラさんを睨み付けるグレイ。
ここ最近、仕事が楽しいと語っていた彼とは思えない表情につい困惑してしまう。
「青二才と言ったのだ。道具を作るなど100年早い!」
「俺だって道具くらい作れるさ!」
そう、グレイは声を張り上げる。
しかし、サイバラさんも引かなかった。
グレイをじっと見据えた瞳がいつもより鋭くて、思わず私がたじろいでしまう。
「馬鹿者!道具は形だけではなく、実際に使えなくては意味がないのだぞ」
「…………」
黙り込んだグレイを見て、サイバラさんは静かに一呼吸する。グレイに向けられた瞳は先程と変わらず厳しいものだったが、何故だろうか。何となくだけど、哀しみも感じられた。
「今のお前にはその事が分かるとは到底思えん。頭を冷やすのだな」
そう静かに告げて、サイバラさんはグレイを残し鍛冶屋へと戻っていった。
「チキショウ……」
グレイの言葉は雨にかき消されたけど、私の耳にしっかりと残る。
いろんな感情が入り混じったその一言で、よせばいいのに、何故か私は駆け出していた。
「クレア……」
バツが悪そうにグレイは私から目をそらす。
「風邪、ひいちゃう」そんな言葉しか出ない自分が情けない。
慌てて取り出したハンカチは、彼についた水滴であっという間にびしょ濡れになる。それでも、私はひたすらグレイを拭うしか出来なかった。
グレイは……ただ黙り込んでいた。
彼が何を思ってるかは私には分からない。けれど、暫くして私の腕を掴んだグレイの表情は、決意を決めた強い顔だった。
「…俺、絶対負けないから」
ただ一言、そう私に残してグレイは再び雨の中へと飛び出していく。
走り去る後ろ姿を見つめ、今度は私が呆然と立ち尽くす番だった。
雨に流された覚悟
(グレイの言葉が、顔が、脳裏から離れない)