「あっ」
「あ……」
秋に入って2日が経った日の事だった。
クレアは買い出しに。グレイは宿に。しかも2人とも遠回りして向かう途中に広場で鉢合わせになったという、なんとも奇遇な状況だ。
あの一件以来、挨拶程度しか交わしてなく、二人きりの状況になったのはこれが初めて。
なんとも言えない気まずい空気に、思わず二人は固まってしまう。
「久しぶり……?」
「お、おう?」
そして会話終了。
何故か疑問形の二言でまた彼等は沈黙にもやもやすることとなった。
先に気まずさに耐えれなくなったのはグレイ。忙しなく帽子の位置を変えて取り繕うが、それもすぐ終わる。
あーもう!と叫びたくなるのを抑え、意を決したかのようにクレアを見つめた。
「カイに言われたんだってな」
「あぁ」
なんだその事か。少し身構えていたクレアは肩の力を抜いた。
なんだその反応と言いたげな表情を読み取って、クレアは「うん」と頷く。
「びっくりした」
「ああ、俺も。随分なモノ好きがいるなと」
その一言にクレアはグレイを睨みつけた。
その行動に心の中で密かにグレイはガッツポーズ。ようやく調子が戻ってきたと、こんな事で感じるのは彼等くらいだろう。
「で、どうすんの?来年カイについてくのか?」
彼の疑問にクレアは口ごもる。
そして少し間を置いて傾く首。
「わかんない」
そう彼女はつぶやいた。
その答えに驚いたのはグレイ。その後驚く自分にさらに驚いてしまう。
なんとなく彼女は「いかない」と即答すると思っていたのだ。
誰もが認める牧場馬鹿のクレア。
町の祭りすら興味も薄く、ひたすら自分の牧場の復興に力を注いできた。
その彼女が、牧場を捨てるという選択肢を心に持ってるとは思ってもみなかったのだ。
「お前……牧場、どうすんだよ」
驚きのあまり思わずグレイはポツリと零した。
空いた口が塞がらず、ぽかんとただただクレアを見つめるだけ。
そんなグレイを変な奴と思いながらも、クレアは「うん……」とまた言葉を詰まらせ視線を落とす。
気まずさはもうないが、再び微妙な沈黙が流れた。
「分かってる。今の私の生き甲斐は牧場だってこと」
「確かに、クレアが目指して来た牧場には近付いたんだと素人目だけど思う。でも、まだやりたいことあるんだろ?」
「そうね。夢はまだたっっっくさんあるわ」
グレイの言葉に彼女は今日初めて笑顔を見せる。つられて、これまた今日初めてグレイの口元が緩んだ。
先程とは真逆に空を見上げるクレアは、その先に夢を見てるかのようだった。
ああ、いつもこの顔だな、とそんな彼女を見てグレイは思う。牧場の事を語ったり、思ったりしている彼女は子供のように夢に満ちた顔をするのだ。
「その夢の一つに、結婚もあるの」
そう語った彼女の顔はグレイのよく知る、夢を語る彼女の顔だ。
思わず呆気にとられて無言で居たら、その表情は不機嫌そうに歪んでいった。
「私一応女なんだからね!何か文句ある?」
「べ、べつにねーよ!ただ、クレアが恋愛とか結婚に興味あるとは意外だったから……」
「ああ、ないわよ。恋愛とか全く」
すっぱりと切り捨てたクレアにすっかり肩すかしをくらったようだった。
「結婚に夢は見てるけど、恋愛とかは自分から好んでしたいとは思わないわ」と言い直されたものの、さっぱり分からない。
これが乙女心がどうたらというヤツなら、俺は一生理解出来ないなとグレイは考えるのを諦めた。
「とかなんとか言っときながら、カイにドキッとしたのは確かだしね。まあ、来年に限らず未来がどうなってるか自分にも分からないっていう意味よ」
少し照れ臭そうに口を尖らせながらモゴモゴと纏め出したクレアに、どこかグレイはホッとした。
クレアの知らない一面を垣間見た気がして、何処か居心地が悪かったのだが、結局はいつものクレアだった。
前向きに明るく見えない未来に夢を見てる、いつものクレアだった。
「グレイと恋愛だの結婚だの話したの初めてね」
「だな。なんか……」
「「きもちわるい」」
思わずハモった言葉に二人は声を上げて笑い出す。
やっぱりこの感じ落ち着くなとお互い思ってるとはつゆしらず、広場に笑がこだまする。
しかし、その声はいきなりピタリと止まった。
二人して冷や汗を流し、恐る恐る視線をある一点へと向ける。
二人はすっかり忘れていた。
ここは広場。時刻はまもなく14:00を迎える頃。
この時間この場所では毎日恒例行事が行われているという事を。
彼らの予感は的中した。
視線の先には、こちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべるマダム三人。
(なんてこった、マナさんに聞かれた!!)
どっからだ!?と考えるが、どこから聞かれてたとしても絶対話しに尾鰭がついて町中に知れ渡ることは分かりきっている。
諦めた2人はマダムに向かって、必死で愛想笑いを作るしかなかった。
この空気どうすんの
(一難去ってまた一難)