時刻は19時45分。長い昼が終わり、あたりも大分暗くなってきた。
今日はこの小さな町のビッグイベント『花火大会』が開催される。それはもう、楽しい楽しいお祭りだ。
もちろん俺もその例外じゃなく、今日という日をめちゃくちゃ楽しみにしていた。
そう、過去形だ。
隣にいるのは無愛想な、しかも野郎。おまけに連れて来られたのは何故か山頂!
まさか木曜と年越し以外で来るとは思わなかった。
せめて海だったらなー。
いくら連れがクリフでも、まだ賑わってるから逃げ道があるものの。
有無を言わせないオーラに負けた、あの時の俺を呪った瞬間だった。
「そ、そろそろかな?」
「……そうだね」
さっきからやたら時計気にしているクリフは、俺の方を見ようともせずそう呟いた。
いったい何のためにここに呼んだんだこいつ!
何か用がない限りクリフが俺を誘うなんてまずあり得ないことは分かっていた。
だが、なかなかクリフは切り出さない。いや、切り出す気配すら見せない。
「なあ、クリフ、」
「ああ、そろそろだ」
苛立った俺の問いかけを遮り、クリフは後ろを振り返った。
それにつられて俺も振り返る。
そこに居たのは、
「なっ……!」
「えっ……」
今一番目にしたくない奴だった。
空気が一気に変わる。
唖然としたあいつの顔を見ながら、俺もこんな風なんだろうかと、何故か冷静に思っていた。
「カイ、どういうこと?」
ピクリとその名前に体が微かに動く。
驚きすぎて周りが見えてなかった。
あいつの隣にはカイが居たのだ。
呼ばれたカイの視線は何故か真っ直ぐに俺を見ていて、その力強い瞳に俺も何故か強張る。
「クレア、グレイ。お前らをここに呼んだのは俺だ」
状況を把握できてなかった俺らに、カイはそうご丁寧に状況説明。
なるほどな。
随分とお節介な、と醜いこと思うほど病んでいる自分にびっくりした。
「帰る」
一言述べるのが精一杯。
もう、花火なんかどうでもいい。
この場所から少しでも早く逃げ出したかった。
「いい加減にしなよ、グレイ」
静かに放たれたその言葉。
振り返ればクリフが珍しく顔を歪めていた。
驚いた。
初めて見たその表情に、自然と足が止まる。
「この狭い町だ。いつまでも逃げれないよ。どう足掻いたって顔は合わせるし、気まずいに決まってる」
「お前、何言って、」
「それに、君の素敵な勘違いで勝手に無視されちゃクレアさんもかわいそうだ」
クリフの言った意味がまったく分からない。
目を丸くした俺をクリフは呆れたように鼻で笑い飛ばした。
「お前勘違いしてるようだけど、俺とクレア何でもないからな」
今度はカイが困ったような顔をして言う。
なんだよ、何もないって。
それなら、俺が見たアレは……。
「お前らがどうだろうと俺には関係ないよ。俺はただ、」
「俺が良くないんだよ。グレイ」
暗くなったこの場でも分かる程、カイの瞳は揺らいでいた。
クリフといい、カイといい、なんだって言うんだ。
初めて見せる奴らの表情に、言葉が詰まるのを感じた。
「ほんとに、何でもないんだ。お前を勘違いさせるような軽率な行動をして、本当に悪かったと思ってるよ」
そう、肩を落としてカイは言う。
その姿を見て、何故かものすごく胸が痛んだ。
あのカイが、こんなに必死に謝るなんて。
「このまま、お前らがこんなんじゃ俺、この夏を安心して終えれないよ。だから、嫌なんだ。だってお前らは……」
そこまで言って、カイは暗がりでも分かる程悲しげに、とても悲しげに微笑んだ。
「一緒に居なきゃ、ダメなんだよ」
一瞬の間だった筈だが、俺にはとても長く感じた。
やけにクリアにその言葉が頭に響く。
ふと視線をずらせば、同じタイミングであいつと目が合った。
不思議とさっきの不快感はなかった。
それどころか、何処かあいつの顔にほっとしている自分がいる。それが、なんだかむず痒くて……。
「みんな、俺――」
――ドンッ
俺の声は、闇に消えた。
大きな音がして、途端夜空に光が灯る。
目に映ったソレは毎年見ていた筈なのにまるで初めて見たかのような感じがして。
「うわ……」
「すごい……」
思わず声を漏らせば、当たり前のように重なる声。
チラリと隣を見ると、あいつも同じタイミングで俺を見る。
あぁ、まただ。
この感じ。やけに懐かしく、心地いい。
「キレイだろ」
俺らの間にドヤ顔で入り込み、カイは満足気に言う。
「どうしたんだ、こんな場所」
「あー、まだお前らと仲良くなる前にほら、俺嫌われ者じゃん?花火大会気まずくて何気無くここに来た時にみつけたんだよね」
「何気無く山頂って発想が意味不明だよね」
キレイだけどさ、と珍しくクリフが褒めるほど、絶景なのだ。
賑やかに皆で見る花火とはまた違って、妙にこの大きな音が胸に染みる。
「去年な、来年は絶対お前らとここで見ようって、決めてたんだ俺」
そう言って、カイは嬉しそうに笑う。
自然とそれに自分の表情が和らぐのを感じた。
「クレア」
久々に口にした、アイツの名前。
呼ばれた張本人も目を丸くして、肩を強張らせている。
花火の大きな音にだいぶ助けられた。
花火がなければ、気まずい無言の空気に耐えれなかった筈だ。
あー、くそっ。
こんな時にプライドが邪魔をする。
なかなか言葉を口に出来ず、俺はすっかり黙り込んでしまった。
「ったく。ほら」
ドンッという花火の音と同時に、苛ついたクリフに思い切り肩を押され、バランスを崩す俺。
ふざけんなと悪態をつきたくなったが、悔しい事にコレがかなりの励ましになったようで、すっかり緊張の糸がほどけてしまった。
「悪かった」
素直に出た言葉に、スッと胸につっかえてた何かが無くなった。
「うん」
満面の笑みでクレアは頷いた。
ああ、こいつこんな顔で笑うんだったなぁ。
いや、何時もより随分素直な笑顔な気もする。
兎に角、こうして俺とクレアのプチ戦争は幕を閉じたのだ。(俺からしたら全然プチじゃないけど)
2人の親友によって――
明日の俺らは
(きっと、たぶん、元通り?)