それでは二人に祝福あれ | ナノ



「何か考え事でもしてたのかい。ここ最近じゃ珍しいじゃないか」

「……別に」

グルグルと巻き付けられた包帯に、まだ少し痛む手。手当をしながら相変わらず無表情で核心をついて来るドクターの言葉に、また頭の中にあの光景が浮かび上がってきて、思わず舌打ちしそうになる。

最近折角調子もでてきてたって言うのに、火傷するわ、じいさんに怒鳴られるわ、もう散々だ。大体なんで俺はこんなに気にしてるのか訳が分からない。

「……まあ、大事に至らなくてよかった。以後気をつけるように」

「ああ、ありがとう。ドクター」

「お大事に」

外に出れば、ムッとした気温に顔をしかめる。こんな時はカイのかき氷を食うのが一番なんだよな。そう思い海岸へ向け一歩踏み出した途端、まるでブレーキが掛かったかのように俺の体は固まった。そしてもう何度脳内で繰り返されたかわからないあの光景が、また巡り出す。

月明かりの綺麗な夜、海岸で肩を寄せ合っている、カイと、クレアの姿が、だ。

今度こそ俺は盛大に舌打ちをした。あの二人が肩を寄せ合ってたからなんだって言うんだ。クソッ!
付き合ってるとか報告受けてないから拗ねてんのか!?なんだよ、まるで餓鬼みたいな事言って。意味わかんねぇ。
どこにもぶつけることが出来ない理由の分からない苛立ちに頭が痛くなる。

急激な気怠さに襲われ、俺は急いで宿へと戻る。
とにかく今は早急に眠りにつきたかった。こんなくだらない事早く忘れたかった。

俺の早い帰りに驚いたのか、目を丸くしたランが何か言っていたがそれすら無視をして階段を駆け上がる。
直ぐに見えてきた部屋に飛び込んで、乱雑に靴を脱ぎ捨てたらそのままベッドに倒れ込んだ。

沈む身体に徐々に薄れる意識。瞼が凄く重たくて、視界はどんどん霞んで行く。
考えたくないのに、浮かんだのはクレアの顔。
それを掻き消すように、俺は急いで目を閉じた。


* * *


――ガチャリ
遠慮無しのその音にうっすら目を開ける。
なんだって言うんだ。
人が折角夢を見ないほど爆睡してたというのに。

当然、俺の機嫌は最悪だ。
それに眩しさも手伝って、眉間にグッと力が入る。
まだはっきりと見えない視界の中聞こえてきた良く聞き覚えのある声。
それによって俺の眉間には更に皺が刻まれる。

「――何の用だよ」

自分でも驚く程、出た声は低く掠れていた。
自然と表れた怒気を含む俺の声を、あいつは気にも留めずに近付いて来る。

漸くはっきりしてきた意識と視界は、近付くあいつの姿をはっきりと認識した。

「あれ?ここにもいないか」

「何の事だよ」

睡眠を邪魔した事を悪びれる訳でもなく、こいつはケロッとした顔でキョロキョロと部屋を見渡した。

一体何を探してるんだ?
俺の問い掛けに漸くこちらを見つめたクレアは、静かに口を開く。

「カイよ。約束の時間になっても降りて来ないから部屋に行ったんだけど、誰もいないからグレイの所かなって思ったんだけど」

耳に入って来た名前に、ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。
浮かび上がるあの光景にまた不快感が襲った。折角考えないようにしてたというのに。
振り返した感情を隠すように、俺は帽子の唾をグッと下げる。多分今の俺は酷い顔をしてるんだと思う。

「ん?どうしたの?その手」

それを見ていたクレアは不思議そうに俺の手を見つめていた。
火傷したんだよと素っ気なく言えば、ニヤリと浮かぶ不適な笑み。それに俺は更に苛立ちを募らせる。

「ドジねぇ。よそ見でもしてたんじゃないの?」

「誰のせいだと――」

言って慌てて口を閉じるが、どうやらしっかりとクレアの耳に入ったらしい。
目を丸くしたクレアだったが、直ぐに怪訝そうな表情を浮かべて、少し目付きを鋭くさせた。

「私の事でも考えてたって言うの?うわあ……」

「ち、ちげーよ!!勘違いすんな!」

バカヤロウ俺!こんなにあからさまな否定をしたら余計怪しいだろうが!
勿論クレアの視線は徐々に痛くなって来る。ムカつくから対抗して睨みつけてやるが、いつも通り効果は無し。

「とにかく、カイは……来てないよ」

「ふーん。そう。じゃ、今日下で飲んでるからさ、グレイも来なよ」

話を逸らした俺にそれ以上追求せず、クレアはそう言った。

けれどその言葉に、静かな怒りが込み上げる。
俺にはこの苛立ちの意味がはっきりと分からない。それが更に自身を苛つかせ、気分は悪くなる一方だった。

「行かねえ」

餓鬼のようにふいっと顔を背け、そう言うのが精一杯だった。これ以上こいつの顔を見てたら何を言うか自分でもよくわからなかった。

顔が見えないから、クレアが呆れたのか、怒ったのかは知らない。
ただ居心地の悪い空気が漂って、今すぐこの場から立ち去りたくなる。

「……そう。じゃあ手、お大事にね」

告げたクレアの声は、やけに冷静だった。感情の読み取れないそれに俺は顔を上げるが、目に入ってきたのは扉が閉まる瞬間だけ。
パタンと閉じたドアの音。
一気に押し寄せた何とも言えない虚しさに奥歯をギリリと噛み締める。

情けない。あれじゃ餓鬼より質が悪い。
心の奥底から沸き上がるどす黒い感情から逃げたくて俺は枕に突っ伏した。






この意味不明な感情に
(あー!もう眠れねぇ!)



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