この村の夏は、視界がぐにゃりと歪むほど暑くなる。
夏の中旬に入ったころ、大分慣れたその暑さの中、涼しい顔をしながらリオンは作物に水を与えていた。
熱さで乾いた土は、水をまってましたと言わんばかりに勢いよく吸い込んで、喜びを示してるかのように茎を揺らしている。

「リオンちゃーん」

水やりを終え、ふぅと息を付きうっすら額に浮かんだ汗を拭った時だった。妙に聞き慣れた声がリオンの脳裏に響き渡る。
途端全身の動きが一瞬で止まり、リオンはぴくりと眉を吊り上げた。

「またお前か…」

くるりと体を反転させ声の主を再確認するとリオンの顔はより一層険しくなる。
このクソ暑い夏場に無駄に明るい笑顔。
そして互いにライバルという存在の筈なのに、妙に馴れ馴れしい女。

うざったい。

リオンにとって、当初こそ本当にそう思った相手だったが、音色を集める彼女、そして牧場経営を頑張る彼女はいつの間にかその一言では片付けられない存在となっていた。

自分の中のなんとも言えない感情に、リオンは不快感を覚えてならない。そして彼女を見るたびにその思いは膨らんでいく。

「リオンちゃん、どうしたの?最近暑いから体調でも悪い?」

険しい表情を見て、ティナは心配そうに顔を覗き込む。
気付けば近くにあった顔に不覚にも驚き、リオンは頬を赤くして数歩後ろに下がった。

「べ、別に……。あとその呼び方やめろ!」

「えーリオンちゃんて可愛いじゃない!」

「可愛くない!!」

ほんとに調子が狂う。
自分と真逆の彼女にリオンは戸惑いを隠せなかった。
そんな自分にため息をひとつ。
ティナは疲れてるんじゃないかと、心配そうにそれを見守っている。
過去の自分なら、さっさとその場から離れたり追い返したりしてたはずなのに、なぜか最近はそれが出来なくなっていた。

妙に心地良いのは何故だろう。

やはり暑さで頭がおかしくなったのではないか。リオンはそう自分に言い聞かせた。

「リオンちゃん、今暇?」

「見てわからないか。ボクは今畑に水やりをしていて…」

「それが調度終わったところなんだよね」

まるで確信しているかのように、ティナはにんまりと笑いそう言い放つ。
確かにその通りなのだが、この笑みを見る限りろくな事がなさそうだ。
違う。とリオンは取りあえず否定するのだが、ティナは相変わらずにんまりと笑っている。

「デートしませんか?」

「はぁ?」

思わず出た言葉を聞き返されたと捉えたのか、ティナはぴょこんとツインテールを揺らしながら「デートしませんか?」と再び繰り返した。
勿論リオンはその言葉の意味が分からない訳ではない。分からないのは彼女の意図だった。

やはりろくでもない事だった。もはや呆れたかの様にリオンは溜息を零す。

「何でボクがお前なんかと」

「ね、リオンちゃん。いいでしょ?」

「だから……、」

ふざけるなと言い放つつもりで口を開いたリオン。だったのだが、それは言葉を発しないまま固まってしまう。

彼の視線が止まったのは自分の手を掴むティナのソレ。伝わるのはまるでこの陽射しより暑いんじゃないかと思われる位の彼女の体温だった。

ビクリと震える己の体は、ティナの手を振り払おうとはしなかった。ただ引かれるがままに動き出し、リオンはそんな自分に驚きを隠せない。


「……お、い」

漸く絞り出した声は自分でも驚く程掠れていた。

どれくらい歩いただろうか。振り向けば、二人分の足跡が浜辺に残されていた。
視線を前を歩くティナへと戻せば、奥には青い海が広がっている。
独特の波の音を奏でる海をぼうっと見つめれば、いつの間にかリオンを見ていたティナがニコリと笑みを浮かべた。

「海キラキラしてるでしょ?」

まるで自分のものかの様にティナは自慢げにそう言った。
確かに、日の光りが反射した海はとても綺麗に輝いている。
しかし、彼女に同意するのが癪に障るのか、リオンはフンと鼻を鳴らしそっぽを向いてみた。

「さっき一人で歩いてたらね、海が凄く綺麗だったから、リオンちゃんに見せてあげたいなって思ったんだよ」

「ボクは別に見なくていい」

「今日は日が沈むまで一緒に海見るんだから」

まるでリオンの話など聞いていないのか、ティナは言いながら笑う。

調子が狂う。舌打ちをしながら漸く掴まれたままの手を振りほどき、リオンはその場に座り込んだ。
そんなリオンの行動にティナは目を丸くする。
「どうしたの」と言わんばかりの視線を浴びせられ、居たたまれなくなったリオンはグッと眉間に皴を寄せた。

「お前が言ったんだろ!」

不機嫌そうに吐き捨てたリオン。けれども赤く染められた頬に気付いたティナは嬉しそうに微笑んだ。

彼の隣に腰を下ろせば、サッと分かりやすく一定の距離を開くリオン。そんな彼が面白くて、不適に笑ったティナはその開いた距離を縮めて行く。するとリオンはまた一定の距離を開けるのだ。
それを数回繰り返した後、漸く埒が開かないことに気付いたのか、リオンはティナを睨みつけた。けれど赤い頬が効果を半減させてしまい、ちっとも怖くない。

「お前、」

「ティナ」

「は―?」

「そう、呼んで欲しいな。リオン」

ドクン、と心臓が大きく波を打つ。
たった一言。自分の名前を呼ばれただけなのに、凄く心地好く感じてしまう。

真っ直ぐに自分を見つめる彼女の瞳がリオンはとても苦手だった。今にも吸い込まれそうなソレに、自然とリオンは口を開く。

「ティ―」

言ってリオンは慌てて口を閉じた。
何を流されそうになってるんだ!そう心の中で自分自身を叱咤して、ブンブンと頭を振る。

「お前なんか、お前で十分だ!」

「もう。リオンちゃん冷たいな」

ブスッと膨れっ面で残念そうに歎くティナ。すっかり戻ってしまった呼び名に、不覚にもリオンの表情にはショックが現れてしまう。

「その呼び方は、よせ」

「何よ。自分は呼んでくれないくせに」

「……お前を認めたら、呼んでやる」

だから、と続けてリオンは口を閉ざす。
馬鹿馬鹿しい。ここまでして呼んでもらいたいのか、と問い掛けるが、己が返事を出せるはずもない。
やっぱり忘れろ、と訂正を入れようとティナを見るリオン。けれども彼女の嬉しそうな笑みを見て、リオンは言葉を失った。

「私頑張るね、リオン」

そう言って海に視線を移したティナ。
相変わらずニコニコと笑みを浮かべたその横顔から、リオンは目を逸らせない。

不可解な胸の高鳴りに苛立ちながらも、何処か居心地の良さを感じている自分にリオンは複雑な表情を浮かべる。
自分の中で起きている明らかな変化。今まで感じたことのないこの感情に、リオンは戸惑いを隠さずにはいられなかった。






初めまして!ラキ様!
この度はフリリク企画参加して頂いてありがとうございます。
随分遅くなってしまいまして申し訳ありません!

ED後かティナが気になりはじめたリオンとありましたので、今回は後者の方を書かせて頂きました。一応リオンEDの内容は知っていたんですけど、ワールドを持っていないため断念させて頂きました。すいません。

以前から1度は書いてみたかったリオティナをこの度書く事が出来て凄くうれしかったです。リクエストありがとうございました!(^^)終始ツンツンしっぱなしのリオンちゃんでしたが、気に入って頂けると幸いです。





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