【恋の始まり】
外は土砂降り。 とても外出する気分にはなれなかった。 だが、俺に選択肢はない。 自分で掲げた大きな目標に向かって、ひたすら体を動かす。
「たまには休みたいよな…」
見習いの身でありながら、毎日のようにそんなことを考える。 修行、修行、修行。 そんな日々に、疲れてきてしまった。 街に出ても、人と話す暇なんてない。
「そうだな、ちょっと買い物に行ってきてくれんか」
買い出しを頼まれ、帽子を被り直す。
「おい、傘は…」
「いらない」
めんどうなことは早く済ませたい。 俺は降りしきる雨の中、走って店へ向かった。 頼まれた物を買い終えドアを開けると、雨は一層ひどくなっていた。
「ついてねーな…」
一旦店へ戻り、ビニール袋をもう1枚もらう。
「誰も見てないしな」
俺はもらったビニール袋を頭に被り、急いで鍛冶屋へと戻る。 バシャバシャと水音を鳴らし、ひたすら走る。 足元はもうビショビショに濡れていた。 今日は特にひどい日だ。
ふと見ると、道端で寒そうに丸くなっている犬がいた。 どこから来たのだろうか。 辺りはすっかり暗くなり、周りに人影は見当たらない。
「お前…どこの犬だ?」
答えるはずはない。が、どこかで見た気がする。 俺のことを気に入ったのか、腕に大人しく収まっている。 近くの屋根に雨宿りし、しばらく体を擦ってやる。 温まってきたのか、犬は次第に元気を取り戻し、俺の顔や手をペロペロと舐める。
「はは、可愛いやつだな」
動物好きなことも相俟って、俺はとりあえずそいつを一緒に連れていくことにした。 …あの頑固なオヤジがなんて言うかは分からないけど。 出来るだけ雨が当たらないように腕で深く抱き、鍛冶屋へと走った。
「おわっ!?」
犬を抱きかかえたまま、濡れた道で滑り勢いよく尻もちをつく。 結構痛い。 しばらく起き上がれないでいると、目の前に人の足らしき影が見えた。
「…グレイ?」
見上げると、キョトンとした表情で俺を見つめるクレアさんが立っていた。
「え!?あ、えっと…これは、その…」
「ふふっ、なあに?その頭」
「…へ?」
恥ずかしい。 尻もちをついたまま被っていたビニール袋を急いでしまい、なんとか笑顔を作ってみせた。
「風引くよ?」
彼女はそう言って俺をかかえ、起こしてくれた。
「ごめんね、ちょっと狭いけど…」
そう言うと、俺を傘の中に入れてくれた。
「いや、いいよ!クレアさん、濡れちゃうから…」
「だからって、このままだとホントに後大変だよ?」
「で、でも…」
「家、寄っていかない?その子のお礼もしたいし」
「その子って…」
「その子、うちの犬なのよ。会ったことあるでしょ?」
通りで見覚えがあるわけだ。 いや、でもそれ以前に寄り道をしてたらまた怒られる。
「でも俺、早く戻らないと…」
「大丈夫、私がちゃんと説明してあげるから」
そんな話をしている間に、クレアさんの家の前まで来ていた。 何回か断ったが、クレアさんも結構頑固だ。 結局俺は家に入れてもらい、タオルと着替えを貸してもらった。
「私の服しかないんだけど…」
「そんな…悪いよ」
「遠慮しないで。ほら、ご飯も食べてって」
俺の前に次々と料理が運ばれる。どれも美味しそうだ。 クレアさんはニコニコしながら席につく。
「晩飯までご馳走してもらえるなんて…」
「私、結構大食いだからいつも多めに作ってるの。どんどん食べて!」
俺は好意に甘えて、料理を口にする。 あっという間にたいらげてしまった。
「何か、お礼をしなきゃ」
「グレイったら、私がお礼にしたことなのに」
クレアさんはそう言ってけらけらと笑う。 俺は買い出しの途中だったことも忘れ、彼女と夜通し喋り続けた。
次の日、大目玉を食らったのは言うまでもない。 それでも、俺にとってクレアさんと過ごした時間はとても幸せだった。
いつか、こんな日々が毎日送れるようになったらいいな
ありがとうございました
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