クレアさんの自宅を前にして俺は固まっていた。
逸る気持ちが先走って、待ち合わせ時間より少し早く着いてしまったのだ。戸を叩こうかもう何度も迷ったが、ノックしようと腕を上げては迷いが生じて下ろしてしまう。
困ったな。帽子を被り直して、静かに息を吐く。
女はギリギリまで準備に時間掛かるもんだってカイが言ってたしな。まあクレアさんが俺のために準備してくれるのなら何時間待とうが全然苦にはならないんだけど。
そう考えると、気持ち悪い事に俺の顔はにやけはじめる。

「なんなの?このお兄さん一人でにやけてるの」

「ほんとなの。ナッピー、あんまり見ちゃダメなの」

……ん?
何か声が聞こえたような気がする。しかも、とても失礼な。
もしかして今の誰かに見られてたのか!?慌てて周囲をキョロキョロ見渡すが誰も居ない。やはり所詮気のせいだったようだ。内心、とてもホッとした。

腕時計を確認すれば、まだ時間は少しあるらしい。
どうせノックする勇気もないなら此処で静かに待っとこう。そう思い、その場に座ろうと地面に手を付いた時だった。

「わわっ!!危ないの!」

「大丈夫なの!?だからあんまり見ちゃだめって言ったの!!」

……どうしたのかな、俺。疲れてるんだろうか。今日は休みな上、クレアさんと出掛けれると嬉しくて、微塵も疲れ感じてないんだけどな。

何度も何度も瞬きを繰り返して目を凝らす。けど目の前から居なくならないんだ。このオレンジと紫のちっこいのが。

唖然として呆ける俺を前にして、紫がオレンジを庇うようにしてこちらを睨みつけている。こんな小さな奴から睨まれたのは勿論初めての経験で、どう対応していいものか分からない。

「な、なんなの!!ボクたちを食べても美味しくないの!」

「わっ、しゃ、しゃべった!!」

びっくりして後退すれば、奴らも同じく驚いた顔をして俺から距離をとる。

殺伐とした空気が流れ、俺達の間には緊張感しかない。
いったい、こいつらは何者なのか。むしろ実際に存在してるのか?未だ幻覚という線を捨て切れなくて、慌てて目を擦る。

「失礼なの!幻覚じゃないの!」

目を凝らす俺に気付いたオレンジが口を尖らせ言う。
出て来るなと紫に注意されてるようだが、どうやら好奇心旺盛な上、俺から敵意を感じないためか、聞く耳もたずオレンジは前に踏み込んできたようだった。

「お兄さん、クレアに用なの?」

「え?あ、ああ、そうだけど」

どうして普通に会話してるんだ俺!すっかりこいつのペースに乗せられたようで、自然と言葉が出てきていた。
俺の言葉に、オレンジはテクテクと小さな歩幅でクレアさんの家の前まで歩き出す。
まさか、と思った時にはもう遅かった。奴は大声でクレアさんを呼んだのだ。それはもうその小さな体の何処からそんな大声が出るんだって突っ込みたくなるくらいに、だ。

「お、おい!馬鹿!やめろ!」

「大体クレアに逢いに来たならさっさと呼べばいいの。お兄さん家の前でずっとグズグズして見てられないの」

「ナッピー!こいつがクレアのストーカーだったらどうするの!?」

「お前ら何時から見てたんだ」

それに俺はストーカーじゃねぇ!と訂正を入れて奴らを睨みつける。
けれどまだ紫は俺を信じれないらしい。疑いの眼差しで相変わらず俺を睨んでいた。相当正義感が強いようだ。

「ん?どうしたの?」

俺らの睨み合いを制したのはクレアさんの声だった。
耳に響く彼女の声に、咄嗟に緩み出す顔。視線を移せば、小首を傾げたクレアさんが目に入り、それだけで心が晴れやかになった。

しかし、次の瞬間、再び俺の顔は険しくなる。

「クレア!ストーカーがウロウロしてたの!気をつけるの!」

「だからっ!俺はストーカーじゃねぇ!」

クレアさんが誤解したらどうするつもりだ!そんな思いを込めて紫を睨みつける。
そんなとても穏やかとは言えないこの空気にクレアさんは苦笑いを零していた。

「彼はグレイ君。今日は私を迎えに来てくれたのよ」

「……ほんとなの?」

「本当だっつーの」

そう言って指で軽く小突いてやれば、紫はよろめき怒りを顕にした。顔を真っ赤にして敵意丸出しだ。

こいつとはどうやっても相容れないな。

不意に溜息が零れた。

「この子達はコロボックルで、この紫の子がボルドーで、オレンジの子がナッピーよ」

「コロボックル!?」

溜息に気付いたクレアさんが漸くこの得体の知れないこいつらの紹介をしてくれた。
なんと、コロボックルらしい。以前マリーの図書館で本を読んだ事があったから、名前は聞いたことがあったが、まさか実在していたなんて。

「よく仕事を手伝ってくれるの」

「よろしくなの、グレイ」

「え?あ、ああ……」

ナッピーが手を差し出してきたので、俺は戸惑いを隠せないまま、その手を指で軽く挟み握手?を交わした。
相変わらず紫ことボルドーは両腕を組んで俺を睨んでいた。コロボックルも性格は様々らしい。人懐っこいナッピーとは違い、こいつは警戒心が相当強いようだ。

「あ、クレアさん!ごめん、その、嬉しくて早く着いちゃって!」

咄嗟に本音が漏れてしまい、顔が熱くなる。
どうしよう、変なやつだと思われただろうか?恐る恐るクレアさんの顔色を窺う。

「うんん。私も嬉しくて早く準備終わったから」

俺をフォローしてくれたのか、クレアさんはクスリと笑ってそう言った。
なんだか益々恥ずかしくなるが、笑ったクレアさんが可愛くて口元が緩む。

「二人はかっぷるってやつなの?」

「なっ、」

ナッピーの言葉に俺達は言葉を失い固まった。
カップル所か最近お友達という段階まで進行した程度だと言うのに。

なんの悪意もなさそうな顔をして聞いてくるもんだから、どう反応したらいいのかわからない。ただ気まずいのはナッピー以外が感じてるだろう。

「ナッピー、違うの」

「そうなの?」

まさかのボルドーの返事にナッピーは不思議そうに首を捻った。俺とクレアさんを交互に見て、今度はうーんと唸り出す。
それを見兼ねたボルドーはナッピーの元に歩み寄り、そっと耳打ちをした。正直不快な上、嫌な予感しかしなかった。

自然と俺が身構えるのと同時に、ナッピーの口元がニヤリとつり上がる。
やっぱりなと思った時にはもう遅かった。あの小さな口が動き出していたのだ。

「なーんだ!グレイはヘタレなの!」

「っ、煩い!」

ナッピーの発言に否定できない情けない俺。
ニヤニヤと笑う小さなコロボックルどもが堪らなく憎く思えた瞬間だった。

今にも火を噴きそうな位真っ赤に染め上げた顔をクレアさんに向けるわけもいかず、クソーと心の中で悪態をつきつつもクレアさんがどんな顔してるのかを想像した。無論苦笑しか想像できなかった。

そんな俺を見兼ねてか、ボルドーがコツンと足先を蹴飛ばして来る。正直痛くも痒くもないが、憎らしさを引きずっている俺はキッ…と睨みつけてやった。

「早くどこにでも行くといいの。仕事の邪魔なの」

「おいっ、邪魔とはなん……」

「今日はマザーズヒルに行くの?ならグレイ、山道は危険なの。しっかりクレアの手を引いてくの」

強引に事を運ぶコロボックルに戸惑いながら俺はクレアさんを見る。
目が合いにこりと笑ったクレアさんは、何も言わず手を差し出すだけ。
慌てた俺が今度はコロボックルを見れば、相変わらず睨んで来るボルドーとウインクしたナッピーの姿が目に入る。

そこで漸く理解した。
こいつらなりに背中を押してくれてるのだ、と。

途端、奴らへの憎悪は消え、感謝の気持ちでいっぱいになった都合のいい俺は、緊張しながらもクレアさんの手を掴んだ。
うわっ、ちっせー!
クレアさんの手温もりに幸せを感じながら「行こうか」と噛みつつ言う。
うん、と笑ったクレアさんはこの世のものとは思えないほど可愛かった。

少し進んでふと後ろを振り返る。
小さいあいつらはさらに小さくなっていて、もう表情すらわからない。

(サンキュー)

声にはださず、大袈裟に口を動かして言ってみた。

何となくあいつらが笑ったような気がした。








サクラ様!この度はフリリク企画参加して頂き、ありがとうございました。
大変お待たせして申し訳ございませんっ!

話の中にコロボックルを絡ませたのは初めての経験でしたので、とても新鮮でした(^^)

グレクレ+コロボックルという斬新なリクエストありがとうございました!





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