震える手がなんとも情けなくて、もはや嘲笑う事すら出来なくなっていた。
無意識に繰り返す言葉はまるで何か悪い呪文のよう。グルグルと頭の中で廻り廻っては、俺自身の感情を掻き乱して行く。

「だーっ!もう!!」

爆発寸前にまで自分を追い込んで、ついには叫び出す始末。よかったよ、いつもの様に客居なくてさ!この時ばかりは非常に感謝した。
ガバッとバンダナを毟り取り、そりゃもう豪快に頭を抱えれば、やけに心臓の音が喧しく耳に入ってきた。
俺を知ってる奴が今の俺を見たら、柄にもないと笑うだろうか。……少なくとも一人は笑う奴が思い当たり、俺は大きな溜息を零した。

「情けねぇ」

ぽつりと呟いた言葉は、痛い程自分の胸に響いた。

あと一歩が踏み出せない。
ここしばらくの間、ずっと色んな事を考えた。色んな可能性や、俺の気持ち、夢。そしてクレアの事を。
考えて、考えて出した結論が、一緒にいたい、それだけだった。

それなら男らしくガツンといってやれ、と誰もが思うだろう。俺だって第三者ならそう思っていた。
けれど当事者としては話が違う。
気持ちがデカければデカい程不安が募るのだ。
もし、断られたら?
そんな最悪な結末ばかりが頭を過ぎって、また溜息が出る。
今の俺はクレアに拒絶される事が一番辛いのだ。フラれたら立ち直れる自信は全く無い。

「……もう夏が終わっちまう」

「そうだね。今年も早かったね」

……ん?
独り言にまさかの返事が返ってきて、俺はふと目の前を確認した。

「ク、クレア!いつから居たんだよ!?」

「ん?たった今来たけど」

天井見上げて溜息零してたから気になって、とクレアは暢気に笑った。
本人を目の前にして、尋常じゃない程胸が高鳴った。
バクバクと煩いそれに動揺を隠せなくて、何時も通り話し掛けようとするが上手くいかない。仕舞いにはクレアに「大丈夫?」と笑って心配された。……正直大丈夫じゃない。

「変なカイ。ほら、今日はプレゼントもあるから元気出して!」

ねっ?とクレアが差し出したものは、なんとパイナップル。「わっ!サンキュー!」と興奮気味に手を伸ばした所で、俺は動きを止めた。
固まった俺を不思議そうに覗き込むクレア。それでも尚動かない俺を見てか、クレアはパイナップルをテーブルへ置いた。
夏を象徴する果物の甘い香りが鼻に届く。その大好きな香りすら切ないなんて。
今俺は酷い顔をしてるんだろう。対するクレアは笑顔だっていうのに。

「……抱きしめていい?」

意を決して開いた口から溢れたのは、言いたい事と違う言葉だった。
情けないなと消沈する俺の胸に、クレアは黙って身を寄せる。この温もりが堪らなく愛しく、そして切なかった。

震える腕を隠すように、力強くクレアを抱き寄せる。

毎年、夏の暮れに何時も感じていた気持ち。今正にその気持ちで胸の中はいっぱいだった。

「側に居て欲しい」

夏だけじゃない。毎日、ずっと、ずっと、側に居て欲しい。

震える声は、そう言葉を紡ぎだした。
もっとかっこよく、もっと飾った言葉を考えて練習してきた事なんか、この時の俺の頭の中からはすっかり抜けていた。

ただ思いのまま、今にも泣き出しそうな、お世辞にもかっこいいとは言えない様で必死に気持ちを口にして。
何も返してこないクレアに不安を募らせ、ぽつりぽつりと言葉を零していくのが精一杯だった。

「だから……だから……っ!!」

ここまできて過ぎる最悪な結末。
口を閉ざした俺には、この場を去るクレアの姿が映っていた。

行かないでくれとも言えず、ただ絶望だけが己を襲う。

力を無くした膝が折れそうになった瞬間だった。

ふわりと包み込まれた手。
伝わる体温に、俺は現実に引き戻される。

はっとして目の前を見つめれば、芯を持った瞳で俺を見つめるクレア。彼女の瞳に写る自分は、随分情けない顔をしている。

ダセェ。鼻で笑い飛ばしながら呟いた。

もうクレアの瞳に写る俺は、情けない顔なんかしていない。

「俺と、結婚して下さい」

漸く出て来たたった一言。
あと一歩を、やっと踏み出すことが出来たのだ。

俺の精一杯の気持ちはクレアに届いたのだろうか。
もっと伝われ!と、意味も無く包んでくれていたクレアの手を握りしめる。

頼む。頼む……!とひたすら念じる中、ふと微笑むクレア。
いよいよ口を開いた彼女に、俺は息を呑み覚悟を決めたのだった。








紅雅様!この度はフリリク企画参加して頂き、ありがとうございました。
そして大変お待たせして申し訳ございません……

プロポーズするまでのあたふたしたカイのお話との事でしたが、書き終えて見てイマイチ違うような……
お待たせした上に申し訳ありません!><
おまけにヘタレ気味だし……

個人的にはカイのプロポーズ話を書けて凄く楽しかったです。
素敵なリクエスト、ありがとうございました!





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