――過ごしやすい気温。
――揺れる花。
――小鳥の囀り。
ああ、なんと平和なのだろうか。
昼下がりの午後、クレアにねだられ訪れたマザーズ・ヒルでぼんやりと思う。
そんな俺の視線の先は、愛犬と戯れるクレアの姿。
まるで、少女のように無邪気な笑顔で楽しそうにしている。
「くそっ、ちっとも平和じゃねぇよ」
早速前言撤回。
俺の心臓は全く平和を感じてはいなかった。
笑ってるだけだぞ、クレアが。
たったそれだけで、こうも掻き乱されるなんて。先日の出来事のせいで完全に俺は壊れちまった。
何をしててもクレアを意識して。
それだけなら、まだいい。
気を抜けば無意識にクレアに触れようとしてしまうのだ。たちの悪い事に。
「はぁーーっ……」
ふかーい、ふかーい溜息をついて緑に寝そべる。この季節ご自慢の花の甘い香りが漂った。
そういえば、この花、クレアが好きだってよく詰んできてたな……。
って、ほらまた“クレア”だ。
どうしたんだ、俺。
このままずっとこんな調子じゃ、いよいよ仕事に支障すらでそうで正直恐ろしい。
「ピート!!」
「げふっ!!!」
それなのに、コイツ……!!
俺の腹の上に飛び乗ってきたのは悩みの種クレアと我が愛犬。
一人と一匹の体重に、情けない声を漏らす俺。
やべぇ!いろんな意味で辛いぞ!
慌ててクレアと愛犬を振り落とし、勢い良く立ち上がる。
「おま……なにする……っ」
息が途切れ途切れで上手く話せない俺を、クレアはケラケラと笑う。
ほんと呑気なもんだよ。
人が葛藤してるっていうのに、そうとも知らず簡単に近付くなんて。
ムッと拗ねるふりをして、クレアから距離を置き座り直す。
少しは反省するかと思ったのに、彼女はそんな素振りを全く見せなかった。分かってはいたが。
「ねぇ、ピート」
それどころか可愛らしく、(本人はそんな自覚全くないのだろうけど)俺の顔を覗き込むように顔を傾け、優しい音色で語りかけてくる。
なんだよ、と返す余裕はもうなかった。
ブスくれた振りをしたまま見つめるのが精一杯。
ウソ。見つめることすらできず、視線は微妙にクレアから外していた。
それぐらい、余裕ないんだ。クレアに対して。
「今日ね、一緒に来てくれてありがとう」
そう、クレアは微笑んだ。
「ピートと過ごして、もうすぐ2年になるのね」
「どうした、急に」
俺から視線を外したクレアは、どこか遠くを眺めていた。
ただクレアが耽ってるだけなのに、それが物凄く不安で。なんだか彼女が消えてしまいそうな気がした俺はやっと声を絞り出す。
そうなのだ。俺は恐れてる。
クレアが消える事。この日常が壊れる事を。
そんな事考えてるとは何も思っていないだろう彼女は、再び視線を俺に向けた。
今度はうっかり直視していた俺が顔を背ける番。
ブルーの瞳がやけに綺麗に感じた。
「私ね、毎日が幸せよ」
耳を疑った。
マイナスなことばかり考えていた頭に入ってきた言葉が、あまりにも唐突すぎて、思わず目を丸くする。
「そんなに経つのに、まだまだ新しい発見もあるし、ピートと過ごす毎日が私の思い出なの」
きっと深い意味は何もない。
わかってるのに、心臓は鼓動を速める。
もちろん、俺は必死に自分と戦っていた。
それなのにクレアはとても綺麗な微笑みを浮かべ、
「ピート、これからも沢山思い出作って行こうね」
俺にトドメを刺したのだ。
あぁ、やっぱりダメだ。
いや、気付いた時からダメだったんだ。ほんとは。
本能のまま動いた右手は、サラサラした金髪に触れる。
クレアは少しびっくりしたような顔をしていたが、お構いなしに彼女の温もりに酔いしれる俺。
もう自分に背き続ける事は無理だと悟った。
やっぱり俺は――
「好きだ」
笑う君が何よりも愛しくて
(ずっと君が好きだった)
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